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書棚と本棚 5
重金敦之
Shigekage Atsuyuki 文芸ジャーナリスト。
大きめの書店へ行くと「本屋大賞」のコーナーが目に付く。大賞受賞作は、三部作の長編『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子・講談社)で、版元によれば累計百万部を超えた。吉川英治文学新人賞の受賞作で直木賞の候補作にもなったが、広告や書店のポップのコピーには直木賞の「な」の字もない。初版は一万部、四千三百円(三部作の定価合計)の本が、約三十三万部売れた計算だ。
「全国書店員が選んだ いちばん! 売りたい本」というのが、「本屋大賞」のキャッチコピーで、今年が四回目となる。そのシステムを簡単に説明すると、対象作品は〇五年十二月一日から〇六年十一月三十日までに刊行された日本の小説で、文庫や新書の別は問わない。
まず、「読んで面白かった本」、「もっと売りたいと思った本」を三冊選び、推薦理由と順位を付けて投票する。上位十作品が二次投票の対象本としてノミネートされ、十作をすべて読んだうえで、改めて三作品の推薦理由と順位を投票する二段階となっている。投票できる人はすべての現役書店員で、アルバイトやパート勤務の人も含まれる。運営はNPO法人の「本屋大賞実行委員会」があたり、今年度の二次投票者数は三百五十九人だった。
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『一瞬の風になれ』のテーマは神奈川県の無名公立高校の陸上部の男子の活動を中心に、400リレーで目標の強豪高校に勝つまでを描く。「スポ根」(スポーツ根性物語)物の一種といえばいえる。投票者の約三分の一の人が一位に推し、半数以上が三位以内に選んでいる。投票者の年齢分布は分からないが、二十代から四十代がほとんどだろう。
直木賞選考委員の平均年齢を調べてみると、六十八歳と出た。ちなみに芥川賞のほうは、六二・三歳で少し若い。無謀な比較かもしれないが、「本屋大賞」よりはかなり「高齢化」している。同列に並べて議論するつもりはないが、直木賞の選評(「オール讀物」三月号)を紹介してみる。
〈優しく爽やかで軽すぎる。はたしてこれが男の子の実態といえるのか。作家が異性を書くときは、その異性の感性から生理まで書ける自信がなくして、簡単に挑むべきではない。〉(渡辺淳一氏)
〈リレーという種目の連繋と団結の描き方も、ほんとうにそれだけなのか、と読みながら感じてしまう。挫折や苦悩や嫉妬や屈辱という、マイナスの情念が、実は小説ではプラスになり得るものかもしれない、という発想が排除されているという気がする。〉(北方謙三氏)
渡辺氏は、五木寛之氏、井上ひさし氏との座談会(前掲誌)で、「青春なんて、もっとどろどろして屈折しているもの。その人間の奥底にひそむ深いところに、目を向けなくては」といい、五木氏は、「作者はドロドロしたものを、最初から全部カットして爽やかな物語を作るスタイルを意識的に選んでいるのだと思う。そういうスタイルからは物語の量産は可能かもしれないけれど、作家としての本質的な表現は難しいかもしれない」と応じている。
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「大賞」に推した書店員の弁は、当然この反論になる。
〈この小説で描かれる「努力」「友情」「勝利」というジャンプのような分かりやすさは、確かに現実世界には無いかと思われる。でも、だからこそ僕はこの物語が好きだと思う。努力は確実に報われ、友情は決して裏切られず、挫折は成長に結びつく。〉(男性=宮脇書店西淀川店)
〈わたしたちが遠い過去に置き忘れてきてふたをしてしまっていた甘ずっぱい思い出と共に胸に熱く迫ってくる。〉
(女性=紀伊國屋書店ららぽーと豊洲店)
一方は「文学」としての評価であり、片や「売りたい本」の選定だから、並行線をたどるのは自明の理であろう。大賞作品は、武者小路実篤や相田みつをの色紙のような「分かりやすさ」(どうしても、ある種のいかがわしさを伴うのだが)に通底する「長編イソップ物語」のような気がする。支持者は嫉妬や怨嗟、羨望、欺瞞、惑溺といった情念が現実には存在することを理解している。受賞作に現実味が欠けているのは、百も承知なのだ。
そのような話柄は、しばしば現実の事件としても発生し、時には小説(作り事)を超えるようなことも多い。また青春時代の情念の葛藤などのテーマは今の時代、漫画やテレビの方が進んでいて、小説(文学)を読むはるか以前に「通過儀礼」を果たしているのではないか。となると小説は若者にとって後発のカタルシス・メディアであり、「癒し」のためのツールとして作用する時代なのかもしれない。
前出の座談会で渡辺淳一氏は、「受け入れられないとは思うけど、僕は芥川賞と直木賞を一緒にしてしまったほうがいいと思っている」と、発言しているが、「本屋大賞」を意識しているようにも思えるのだ。
〈注〉「本屋大賞」のデータなどは、『本の雑誌増刊 本屋大賞2007』(本の雑誌社)に拠った。
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