ドバイから アラビアで村上春樹を読む人は?

[ドバイから]

アラビアで村上春樹を読む人は?

金原雅子

Kanahara Masako

 ドバイの巷では今年の夏は二十数年ぶりの猛暑になるらしいと噂されています。やはり50度を越すのでしょうか。
 私は今年の二月から週二日Higher College of Technology, Dubai Women's Collegeで日本語を教えています。大方の予想に反して、初日は58人もの学生が現れました。そして2クラス、約20人の学生が受講することになりました。因みにフランス語の受講生は7人です。学生は全員アバヤという民族衣装を着た女子学生です。ほとんどの学生はスカーフで髪をおおっています。目しか見えないヒジャブと言うスカーフを被っている学生も二、三人います。アバヤの下の彼女たちは、モダンで明るく、くったくなく、昨年まで教えていたモスクワの女の子たちとあまり変わりません。彼女たちの多くは、日本の漫画、アニメ、TVドラマのファンです。インターネットを通して見ているのです。すべてに英語の字幕が付いているそうです。その知識はモスクワの学生や私をはるかに凌いでいて、日本語を学ぶ動機もここにあります。インターネットの情報量と日本のサブカルチャーの力に驚くばかりです。二月に一番人気のあったのは、テレビドラマ「花より男子」でした。
 では、日本の小説はどの位読まれているのでしょうか。英語訳、アラビア語訳、どちらも全く誰一人読んだことがありませんでした。例えば、ハルキ ムラカミは? ときいてもみんな?の表情。ある程度予測していたものの、モスクワの学生との差に愕然としました。モスクワでは、一四、五歳の生徒でも、一クラスに二、三人はムラカミのファンがいたからです。どこの国の本でもいいから、と聞くと、小説はあまり読まないという答え。それでも何か、とさらに聞くと、一人の学生がエジプト人作家Najeeb Mahfoothの名を挙げました。公立高校ではほとんど小説を読む機会がなかったようです。そのかわり、詩をよく暗記させられたそうです。
 彼女たちの読書習慣を知るために学内の図書館に向かいました。図書館は芝生に囲まれた円筒形のガラス張り三階建てで中は吹き抜けになっています。パソコンで検索すると、村上春樹の「海辺のカフカ」の英訳があることがわかりました。村上の作品は今のところアラビア語には訳されていないようです。とすると、学生が知らないのも無理はないと思えてきました。「Kafuka on the Shore」を手にしてみるとペーパーバックのこの本はかなりくたびれていて何人もに読まれているようでした。
 オーストラリア人の司書の女性によると、ここの学生は高校までの教育で何かを自分で調べたりする経験がなく、本もあまり読んでいないので、入学した年に図書館の使い方を教えるということでした。読書を楽しむ習慣はあまりなく、家庭によっては、何で本なんか読んでいるんだ、という親もいるそうです。識字率は二〇〇七年度現在77・3%(他の調査によると91・94%)ですが、親の世代にも完全には読めない人がいくらかいます。学生は最初の一年間、英語の集中講義を受け、readingのクラスでは、毎週各レベルに応じた英語の本を読むことが義務づけられています。そしてこれが読書入門にもなっているようです。
 では書架のムラカミは誰が読んだのでしょう。「読んでいるのは学生ではなくて先生方でしょう。私もファンです」と司書の女性。先生方はほとんどが英語圏の出身です。後日、校外実習に出ていた学生の一人がこの本を読んでいたことがわかりました。彼女は、自分は、義叔母がイギリス人で例外的な学生だと言っていました。
 他の司書のかたが、Fictionの棚に漫画があると教えてくれました。The Commonwealth Written Prizeの受賞者Austin Clarkの “The Polished Hoe" のお隣に、日本の少女漫画の英訳本がありました。Clampの「Angelic Layer」と「Wish」でした。
 このカレッジはその名の通り、IT教育が進んでいます。学生は一人一台ラップトップを持っていて、学校内では、どこでも常にインターネットに接続できます。どうも本の時代を通り越して、直接ITの時代に突入してしまったようです。あるITの先生と話しました。彼によると、学生は何でもインターネットから情報を取り出して、本を調べることをしない。このカレッジはITに力を入れているが、それにしても読む力がないと先に進めない。カレッジとしては学生にもっと読む力を付けさせようとし始めたところだ、ということでした。
 私の日本語の授業は、やっと入門の四課「図書館はどこにありますか」のレベルですが、この先、漫画で覚えた「ガンバレヨ」をヒジャブの下から涼やかな声で言う学生の日本語を直しつつ、「カワイイ」絵や歌も使いながら「花より男子」ではなく、「花咲爺さん」を一緒に読めるように「ガンバリマス!」。