書棚と本棚 8

[書棚と本棚 8]

昔からあった「ジャケ買い」

重金敦之

Shigekage Atsuyuki 文芸ジャーナリスト。

 いうまでもなくジャケットといえば、「上着」のこと。またレコードやCDのカバーをさすこともある。つまり、「ジャケ買い」というのは、音楽業界から生まれた言葉で、実際に音楽を聞かずとも、「包装紙」であるジャケットのデザインなどの好みによって購買行動を決めることをいう。その昔、大きなレコード店では、LPレコード(もはや「死語」か)などの「試聴盤」があり、試しに聴いてから買うことができた。当時はかなり高価な贅沢品だったということだろう。その時代に比べれば、今どきのCDなどは、日用品なみで高価な感じはしない。一種の使い捨て商品と変わらないといってもいい。
 昨年の六月に「集英社文庫」で、太宰治の『人間失格』のカバーを人気コミック『デスノート』(集英社)のマンガ家小畑健氏のイラストレーションに代えたところ、三ヶ月ほどで約十万部が売れたという。『デスノート』の主人公に似た学生服の男が椅子に座って考えこんでいるかのような構図だ。代わる以前は抽象的な絵だった。カバーによって売れるのは、CDのような「ジャケ買い」に通じるのではないかと話題になった。集英社文庫では、他にも夏目漱石の『こころ』や武者小路実篤の『友情・初恋』、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』で、人気女優の蒼井優をモデルにした写真を使用して、イメージチェンジを図った。近くの本屋をのぞいたら、『友情・初恋』は有名装丁家菊地信義氏の「Yujo Hatsukoi」と著者名のローマ字をデザインした旧版(中身は変わっていない)と二点が書棚に並んでいた。どちらを選ぶのか、若い人も悩むのだろう。

 カバーで勝負する傾向は、なにも最近始まったことではない。元来、岩波や新潮、角川などの老舗文庫にはカバーがなく、すべて無機質で同じデザインだった。いずれも半透明のパラフィン紙(グラシン紙、グリシン紙とも)が掛かっていた。英語では、ダストラッパーという。ホコリ除けの意味だ。パラフィン紙が茶色く日焼けしたのも、なにか歳月を積み重ねた古典的な重みを感じたものだ。
 帯を巻きつけるようになったのも、そう古いことではない。文庫にカラー印刷によるカバーが掛けられるようになったのは、一九六〇年代からだろう。印刷技術の進歩でカラー印刷が身近になったからだ。
 文庫の小説類が、映画やテレビドラマの原作となると、主演俳優のスチール写真を載せた帯を素早く作って、宣伝これ努めた。だから、「ジャケ買い」に頼る基本的考え方は、別に新しいことではないのだ。文庫ではないが、村上春樹氏の『ノルウェイの森』(講談社)がクリスマスシーズンに帯を金色にしただけで、売り上げが伸びた例もある。プレゼントに好適と考えられたのだ。
 古典的な文学作品にコミックという組み合わせが異色だという声もあるが、八〇年代に一連の夏目漱石の作品で『ハートカクテル』のマンガ家のわたせ せいぞう氏を起用した角川文庫や、つい数年前、山本周五郎の『さぶ』に劇画家の池上遼一氏の絵を組み合わせた新潮文庫の例がある。
 つまりカバーデザインは、「包装紙」でありながら広告の機能も兼ね備えている。新聞広告でいうならば、昭和三十二年のベストセラー、原田康子さんの『挽歌』(東都書房)のムード広告の成功がある。それまでの書籍広告の常識を破って女優を起用し、釧路の寂寥とした郊外で撮影した。ニヒルな不倫の物語が、北の国の旅情とうまく重なり合った。
 日本中に経済的なゆとりが生まれ、旅行ブームのさきがけとなる。折しも、松本清張が雑誌「旅」に連載した『点と線』が人気となった。時代はやがて、「日本列島改造」、「ディスカバージャパン」につながっていく。新聞の建てページ数も増加し、広告スペースも広がる傾向にあった。
 幼少時には、書店で立ち読みをして、おやじさんからハタキ(これも死語です)で追い立てられた経験は、誰にでもあるはずだ。最近のコンビニエンスストアでは、店内の防犯と混雑しているように見せる理由から、雑誌や書籍の立ち読みが黙認、あるいは奨励されているそうだ。まったく時代の変化のスピードには付いていけない。
 ネット上の書店では、「立ち読み」というシステムがある。著作権法上から問題視する声もあるが、ある程度の分量を画面上に表示している。これも宣伝活動の一環である。つまり、本が既存のリアル書店で売れていれば、なにも大騒ぎすることではないのだが、昨今のように書店で本が売れない時代だと、ちょっとした成功例にやたらと騒ぎたてる。
 東京駅前の八重洲ブックセンターでは、1月いっぱい「ジャケ買い! 画になる建築書」というフェアが行われていた。カバーを見て買わせるのだから、平積みか陳列棚にひろげて陳列しなくてはならない。しかし、専門書をカバーだけで買わせるのは、いくらなんでも無理な話だ。その隣にカバーをはずした状態で、平積みされた専門書があった。「カバーが汚れるのではずしてあります」と書いてある。レジで渡すというか、掛けてくれるわけだ。
 面倒な作業が加わったとしても、多く売ろうとする書店の熱意だけは、感じ取ることができた。「ジャケ買い」というのは、まさに「短期平台勝負」の象徴的現象なのだ。