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書棚と本棚 9
重金敦之
Shigekage Atsuyuki 文芸ジャーナリスト。
出版科学研究所が発表した一月度の「売れ行き良好書」の文芸部門ベストテンに四冊のケータイ小説が入っている。昨年末には「ケータイ小説作家養成」の講座を開講した専門学校も現れた。もはやケータイ小説は単なる話題ではなく、一種の社会現象になっているといってもいいのだろう。しかし、ケータイ小説が刊行されてからすでに五年以上も経過しているのだ。ケータイ小説が単行本で発売された嚆矢は02年の『Deep Love アユの物語』(Yoshi・スターツ出版)で、05年には同じ著者、版元による『もっと、生きたい…』が八〇万部を越え、スターツ出版の主導が続いた。同年、ケータイ小説サイト「魔法のiらんど」が開設され、ブームは一気に加速する。
翌06年には、集英社、小学館、ミリオン出版などが次々に参入した。昨年は、『恋空』(美嘉・スターツ出版)が上下巻とも百万部を越えた。現在二十社近くがケータイ文学賞の主催や独自にサイトを設立し、刊行点数も大幅に増えている。そのせいなのか早くも売れ足は鈍り、すでに沈滞ムードという声も聞かれる。
一口にケータイ小説といっても、定義は定まっているわけではない。著者は、ケータイから専門サイトに「送稿」し、読者は自分の好みの「作品」をケータイで読み取る。無料で通信料金も安くなった。大雑把にくくると普通の小説は縦書きだが、ケータイ小説は横書きである。作品にもよるが、絵文字や顔マーク、記号が入るものもある。携帯電話機の小さな画面で読むから、改行や一行空き(二行以上のもある)、片仮名が多い。「掲載中」に読者から寄せられた反響や感想が次回の内容に反映されることもある。
気に入った作品を見つけると、友だちに「面白いよ」とメールで掲載サイトのアドレスを送る。ネットの評判がさらに評判を生み、『恋空』のように映画化、コミック化される作品も出てくる。金原ひとみの芥川賞受賞作品『蛇にピアス』(集英社)さえもコミック化されるご時世だから、ケータイ小説のコミック化など、とりわけ驚くに値しない。必然のコースともいえる。
作家の内藤みか氏はケータイ小説について、「あまり社会状況も風景描写も書き込まず、会話シーンが長く、一文が短く、テンポ良く話が進む」(「IN★POCKET」二月号・講談社)と説明している。「ケータイ小説の女王」ともてはやされる彼女は普通の官能小説もケータイ小説も書く「両刀使い」といってもいい。今まで編集者(彼女は「編集さま」と表現するが)から指摘された「欠点」が、ケータイ小説では、すべて利点となっている、というのである。舞台となる場所はほとんどが特定されていない。大都会近郊の市で鉄道の駅と遊園地があり、車で移動すると海が見える。もちろん高校はある。「昔々、或るところに」の「或るところ」だが、時代は昔ではなく、テレビによく出るタレントや音楽が登場するので、「現在」に厳しく限定されている。
旧来の風俗小説は、「賞味期限」を長く維持するために、流行の音楽やファッションの描写を避ける作家が多い。時代はぼかされても、登場する舞台は京都の祇園や東京の銀座、六本木といった具合に特定してあり、「或るところ」ではない。四季の移ろいも丁寧に書き込む既存の小説と比べ、ケータイ小説には、悠長な風景描写や心理のひだをなぞる精緻な分析はない。電車の中や、交差点の信号待ちの時間に書いたり、読んだりしているのだ。
思春期特有の白昼夢を文章にしているといったら言い過ぎだろうか。著者の匿名性(性別、年齢、経歴などは記されていないのが通例)が登場人物と著者を同一化させ、読者も虚構に自分自身を没入させて楽しんでいるようなところがある。他人の日記を盗み読むスリルを感じているのかもしれない。ポピュラーミュージックの歌詞や少女漫画の影響ももちろん感じられる。
「会話シーンが長い」というのも少女漫画の「吹き出し」に通じる。「吹き出し」が先行して絵が後から付いてくる。その絵の人物は線だけの塗り絵のように色はなく、「フィギュアー」のように表情がとぼしい。「お笑い」の影響もある。一人でボケとツッコミを演じて、受けをねらう「ピン芸人」に通じるのではないか。
ケータイ小説は、ハードカバーで千円というのが主流だ。初版部数が桁違いに多いから可能なのだろう。購買層は、今まで小説を読むどころか、書店にも入ったことがない、「書店初体験派」といわれる。ケータイで読み捨てにするのは惜しいので、「作品」として、自分の手もとに「愛蔵」しておきたいのだろう。今までになかった、まったく別の新しい書籍の購買層を開拓した。
昨年の十一月、ナナセ氏が書いた『片翼の瞳』上下(メディアワークス発行・角川グループパブリッシング発売)は、「魔法のiらんど文庫」の創刊ラインアップとして同時に発売された。出版史上でも稀有のことだ。文庫は全三冊で一七九七円。単行本は二冊で二一〇〇円。単行本の売れ行きの方が良かったという結果が出た。「愛蔵」の気分のほうが勝った、ということだろう。
斎藤美奈子氏がいみじくも命名した「日能研文学」はもとより、多くのジュブナイル小説や中間小説を「ケータイ小説」にリメークすることは可能だろう。逆にケータイ小説から「普通小説」を再生産するのには、技術と腕力が要求され、そう簡単にはいかない。リアリティの無さには目をつむり、ストーリーの面白さだけを活かすと譲歩しても、数はぐっと限られてくるだろう。
ところで四月に発表が予定される第五回「本屋大賞」の候補作十点には、ケータイ小説が一冊もノミネートされていない。はたして書店の矜持なのか、それともケータイ小説は、書店にとっても「鬼っ子」なのだろうか。
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