アフリカから 死の刻印

[アフリカから]

死の刻印

島岡由美子

Shimaoka Yumiko

 昔々、まだ預言者モハメッドが地上に現れるよりもっと昔、人間は、赤ん坊として生まれたときから、額に「死ぬ日」が刻まれていたそうです。

 ハポ ザマニザカレ(むかしむかし、あるところに)王様とお妃様がおりました。お二人はとても仲がよく、人にも親切で、国中の民から慕われていましたが、残念なことに長い間子供が授かりませんでした。それでも、結婚して一二年目にして、かわいい男の子が生まれました。
 初めての子の誕生に大喜びをした王様とお妃様でしたが、うまれてきた赤ん坊の額を見て、悲しみにくれました。その子の額には、「この者は、結婚式に死ぬ」と、くっきり刻まれていたからです。
 王様はすぐに国中の鏡を集め、粉々に割って海に捨てさせ、今後一切鏡を作ってはならないというお触れを出したので、王子様は一度も鏡を見ないまま、すくすくと育ち、立派な若者に成長しました。

 王子様は、そのうち髭も生え、立派に王様の仕事が手伝えるようになると、自分も結婚して子を持ちたいと考えるようになり、ある日、お二人の前でこう言いました。
「父上、母上、私も、もう大人になりました。そろそろ結婚をお許しください」
 そのとたん、いつもはおだやかな王様が、すごい剣幕で反対しました。
「お前が結婚だと? いかん、いかん、まだまだお前は一人前ではない」
 王子様の言うことなら何でも微笑んで聞いていたお妃様も、厳しい顔で、
「そうですとも、お父上のおっしゃるとおり、お前に結婚はまだ早すぎます」
 と言われたので、王子様はしょんぼりして部屋に戻っていきました。

 若かった王子様も、それから月日が経つうちに、三〇を五つも超えてしまいました。
 ある日、王子様は、もう一度王様とお妃様に向かって言いました。
「父上、母上、私はもう三〇を五つも過ぎてしまいました。もう国を治める仕事にも慣れ、家も建て、お金もたくさん貯めました。もう私には、結婚して子を生し、自分の富を継がせること以外にはすることがありません。どうぞ、今度こそ結婚をお許しください」
 もう、そこまで息子に言われては、親として反対できるはずはありません。お二人は、仕方なく結婚を許すと、国で一番美しい娘を息子の花嫁に選び、結婚式には、国中の人を城に呼んで、ご馳走を振舞うことにしました。
 王様は男なので、息子が結婚式の日に死ぬとわかっていても、それがこの子の運命だと自分に言い聞かせ、涙も見せず、気丈に振舞っていましたが、お妃様はどうしても息子が死んでいく悲しみに耐えられず、結婚式の一週間も前から泣き続けていました。

 結婚式当日、国中の人が腹いっぱいご馳走を食べて帰り、城の中が静かになっても、まだお妃様は、台所のすみで泣いていました。なぜお妃様は、台所におられたのでしょう。お妃様は、王子様が結婚する嬉しさのあまり、朝から何も食べていないことをご存じだったので、王子様のためにビリヤニを一皿、台所の戸棚の奥にしまっておられたのです。
 すると、そこへ、破れて汚いカンガ(東アフリカの民族衣装)をまとった老婆があらわれました。
「私は、王子様の結婚式で、ご馳走がいただけると聞いてやってきた貧しい老婆でございます。国の一番端から歩いてきたので、こんなに遅くなってしまいました。もう三日も食べていないので、おなかがペコペコです。どうぞ、私にもご馳走を食べさせてください」
 いつもは貧しい人を見ると、心が痛んで、いくらでも恵んでやることのできるお妃様でしたが、その日は自分のかわいい息子が今にも死んでしまうかもしれないという悲しみと不安で、
「ええい、うるさいばばあだね。もうここには食べ物なんかないよ。とっととお帰り」
 と怒鳴りました。
 その声に驚いた王子様が、二階から降りてきました。
「母上、そんなに大きな声を出されて、一体どうしたというのですか」
 お妃様は、息子がまだ生きていたことに安堵すると、少し気持ちが落ち着いて、腹っぺらしの老婆のこと、王子のために残しておいた一皿のビリヤニのことを話しました。
 それを聞いた王子様は、ためらわずに戸棚からビリヤニを出すと、貧しい老婆に渡して、こう言いました。
「おばあさん、わざわざ私の結婚式に来てくれてありがとう。どうぞ、これを食べていってください」
 三日も食べていなかった老婆は、あっという間にそのビリヤニを食べ終わると、
「神様、この優しい王子の結婚を、なにとぞ成功させたまえ、王子に御子を授けたまえ。王子の将来を、幸福で満たしたまえ」
 と、祈りました。
 お妃様は、老婆の祈りを聞いて、この子が死ぬ日に、この子の将来のことを祈って何になるのでしょうと、ますます腹を立て、老婆をけんもほろろに追い出しました。
 王子様は、そんな母親の態度が不思議でしたが、いつものようにこう言いました。
「それでは母上、おやすみなさい。明日まで、ごきげんよう」
 お妃様はそれを聞くと、明日にはこの王子は死んでいる運命なのだと思い出されて、声をあげて泣きました。

 お妃様は、そのまま眠れぬ夜を過ごすと、夜明けとともに王子様の部屋のドアをノックしました。中から返事がありません。やっぱり息子は死んでしまったんだと、無我夢中でドアを開け、中に入りました。しかし、ベッドはもぬけの殻、王子様だけでなく、新妻のお姫様の姿まで見えません。
 お妃様は、ああ、神様は王子だけではなく、姫まで連れておいでになったのか、と思いましたが、魂はなくとも、どこかに遺体だけでもあるかもしれないと、部屋のあちこちを探しました。最後にベッドのマットを持ち上げてみると、そこには真っ黒な大蛇が、とぐろを巻いて死んでいました。
「トゥメ〜ッ!」とお妃様が悲鳴をあげると、隣の部屋で仲よく水浴びをしていた王子様とお姫様が、驚いて駆け込んできました。お妃様は、王子様を見て、大蛇を見つけたときより驚いて、「トゥ〜メ〜!!」と、さっきよりもっと大きな悲鳴をあげ、大粒のうれし涙を流しました。
 すると、不思議なことに、お妃様の涙がこぼれるごとに、王子様の額にある死の刻印が、あわあわあわっと消えていきました。

 神様は、子供が死ぬのを悲しむ母親の姿を見て、「死の刻印」は、人間にとって荷が重過ぎると思われたのでしょう。
 そのときから、神様は人間の額に「死ぬ日」を刻むのをおやめになり、天使だけに、人間の魂を抜く日を、そうっとおっしゃるようになったそうです。

 今日の話は、これでおしまい。
 ほしけりゃ、持ってきな。
 いらなきゃ、海に捨てとくれ。