山形浩生のNot Yet

ビクトリア朝期の人種偏見からわかること

The Clumsiest People in Europe, or: Mrs. Mortimer's Bad‐Tempered
Guide to the Victorian World, edited by Todd Pruzan, Bloomsbury, 2005

山形浩生

Yamagata Hiroo

 人種偏見をなくしましょう、悪しきステロタイプを追放しましょう、というようなお題目があるのはご存知の通り。おかげで人種ネタのジョークもなかなか言いにくい今日この頃。残念なことだと思う。個人的には、サベツはまあいかんでしょうとは思うけれど、ステロタイプ自体はそれが具体的な待遇差につながらない限り、それを百パーセント額面通りに受け取らないだけの知恵さえあれば、むしろ楽しくて有益なものだと思っているからだ。電球を交換するのにポーランド人は何人いるか、という冗談とか、山道でトラと中国人に同時に出くわしたら、というギャグとか、ぼくは大好きなのだ。もちろん日本人ネタも山ほどある。
 ギャグだけじゃない。ステロタイプは、ある種の歴史的な経緯を反映する。東南アジアの人々はなんとなく平和的な人々だという印象を持っているけれど、ポル・ポトを持ち出すまでもなくバンコクの酒場でタイ人とミャンマー人の罵りあいをきくと、この両国民がお互いを隙あらば侵略と虐殺を繰り返してきた冷酷残虐で狡猾な民族だと認識していることがあらわになって、なかなか感慨深い。ステロタイプや偏見は、結構当たっていることもあるのだ。
 さて本書は、ビクトリア朝の児童文学者として(当時は)有名だった、ファヴェル・リー・モーティマー夫人の書いた、ヨーロッパのみならずアフリカ、アメリカ、その他世界各地に関するガイドブックを編集したものだ。ガイドブックというのは、しばしば一知半解な知識に基づくステロタイプと誤解と偏見の宝庫だが、この本は人種偏見とステロタイプしか詰まっていないという、驚くべき一冊だ。なぜそう言えるのか? この人、一生のうちに故国を離れたことが二回しかないという人なんだもの。書かれたあらゆる情報は、又聞きの伝聞情報で、そこに自前の(ビクトリア朝のおばさんですから、もちろん謹厳でかたくるしい)道徳的価値観を押しつけ、ビシビシ断罪しまくる。たとえば……
「スペイン人は怠け者なだけでなく、とても残酷なのです」「トルコ人は重々しいので賢く見えます。でもあんな怠け者たちが賢いわけがありません」「ハンガリー人たちは、ドイツ人よりもずっと荒っぽい人たちです。物の作り方を知りません」「ドイツ人の淑女は編み物をして料理をするだけです。あとはピアノを弾いたり歌ったり。本も読みますが、その本は実在したことのない人々について書いた、実用性のまったくない本ばかりです。そんな本を読むくらいなら何も読まない方がましでしょう。(中略)みんな親切で慎重ではありますが、貧乏人がもう少し清潔にしてくれればありがたいのですが」
 最初から最後までこの調子。冒頭はイギリスについての章で、そこがいかにすばらしく、ロンドンが世界の首都であり、これ以上の場所はどこにもなく云々と述べ、その後はひたすら、それに比べて他のところがダメか、という説明に費やされている。だから、そんな外国に行こうとしてはいけません、身の程を知ってちゃんとイギリスにとどまりましょう、というのが彼女のメッセージなのだ。何人は汚い、何人は怠け者。ちなみに、日本の章もある。日本は(ちょうどペリーが浦賀にやってきた後だったから、それなりに噂は伝わっていたようだ)かなりほめられている。勤勉だし、きれい好きだし、みんな読み書きできるし、という具合に、本書の中ではドイツ人と並んでいい扱いではある。が、日本にはとっても野蛮な風習があって、何か悪いことをすると、皇帝の前で自分の腹を切り開いて内臓を取り出して見せなくてはならない。そして日本人の男の子は、幼い頃からその練習をさせられるのです、ああ恐ろしい、という具合。
 他人の偏見を読むのは楽しい。そして確かに、本書にはそういう楽しみが山ほどつまっている。本書はある編集者が古本屋の片隅で見つけた本を何気なく読みふけるうちに爆笑して、編纂して出版を決めたのだそうな。が、この編集者は、原著者の記述をお約束通りに見下して物笑いのタネにする、という別のステロタイプ的なクリシェに陥っていて、この原著に必ずしも公平な評価を下しているようには思えないのだ。
 というのも、日本の章でもそうだし、あるいはアシャンティ(ガーナ)やダホメー王国の章でもそうだけれど、まるっきり出鱈目が書いてあるわけではないどころか、かなり正確な情報が書かれていたりするからだ。ポーランドにおけるユダヤ人の状況に関する記述なんかは、結構感心させられた。
 彼女がどこでそういう情報を仕入れたのかはさだかではないけれど、どうもいろいろ伝道師の話を聞いたりしたらしい。もちろん完璧ではないし、下す評価には時代の(そして彼女の)価値観が入り込んではいる。でも一方で、これだけの情報をネットもないのにいながらにして集められたのは結構すごいのでは? そして冒頭に述べたように、ステロタイプは一抹の真実を含んでいたりもするのだ。本書のステロタイプは、いまも残っているものがかなりある。ナントカ人はすべて怠け者だ、というのはステロタイプの悪しき発現だが、それがあくまで統計的な傾向であることを理解したうえで、もしそれが事実だとしたらなぜそうなっているのか、と考えるのは実はかなり有益なことなのだ(各種の国際比較論みたいな話はしょせんすべてそれをやってるわけだし)。
 本書はその意味で、ものすごい偏見と決めつけに大笑いしつつ、実はそれだけでは終わらない。本書をネタに、思う存分人種ネタのジョークを言い合うこともできるけれど、その後でそういうイメージの根底にあるものを考える材料としても、実はかなり有益。もちろん他山の石として己の偏見を反省したりしてもいいけれど、もっともっとおもしろい可能性がこの本にはあるのだ。
 ちなみにタイトルとなっているのは、ポルトガルの方たちだそうで。