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書棚と本棚 11

[書棚と本棚 11]

装丁家の仕事

重金敦之

Shigekage Atsuyuki 文芸ジャーナリスト。

 自動車一台には、およそ四万点前後の部品が使われている。鉄、ガラス、布、プラスティックなど材質は多様で、大きさもフロントグラスから微細なネジに至るまで多種多岐にわたる。自動車会社は、ネジ一本の製造単価を可能な限り下げるよう部品メーカーに要求し、工賃と合わせて出荷価格を算定する。
 本も自動車ほどではないが、やはり部品というか、印刷費や紙代など多くの費目から定価が決められる。不思議なもので、内容には関わりなく、世界文学史上に残る古典であれ、大家の書き下ろし小説や新人作家の第一作であっても紙(ほとんどの場合)に印刷し、表紙を付けて綴じなくては本にならない。
 帯(昔は「腰巻」とも言ったが、最近はあまり聞かなくなった。女性の編集者が増えたからかもしれない)の印刷費もあれば、しおり一本の材料費と糊付け料、スリップの挟み込み料も計算しなくてはならない。それらのすべてが原価として定価にはね返る。編集費関係で言えば印税が最も大きく、校閲料、装丁・デザイン料などが次に来る。印税は通常、発行部数に応じて支払われるが、校閲料や装丁料、文庫の解説などは原稿料の扱いで初版時に払ってしまえば終わりだから、版元は重版が掛からないと旨味が生じない。しかし誰もが認めるように重版率は、伸び悩んでいる。
 本の装丁は、装丁家という人たちに頼むのが普通だ。著者や編集者の好みもあるが、大きな出版社だと装丁室とかデザインルームと称して、自社に装丁家を抱えている。昨今その人たちの仕事量が多く、繁忙をきわめているらしい。自社のスタッフを使えば、給料は会社が払っているわけだから、装丁料を計上する必要がなく定価を抑える事が出来る。
 では「装丁」とは何か? 「装幀」、「装釘」、「装訂」という字もある。装幀の幀の字は、「絹に描かれた絵」の意味がある。釘はくぎだ。版型や造本、製本の方式、箱やカバーのデザインなどの外観が、「装丁」と考えられがちだが、外側だけではなく本文の活字の大きさや字詰め、行数の指定から見出しの文字の入れ方や組み方も「装丁」の仕事に含まれるという見方もある。そんなところから、ブックデザイナーという肩書きを選び、主張する人も多い。いや、それは編集者の「楽しみ」だという見方もある。編集者のためにその部分は残しておく、という装丁家もいるが、逆にまったく関心を持たない編集者も多い。
 料理家でもあり陶芸家でもあった北大路魯山人は、「衣裳が婦人の生命でありますならば、食器はお料理の生命であるといえましょう」と、書いた。この表現を借りるなら、「装丁は本の着物であり、生命だ」といえるかもしれない。事実、あるデザイナーは、依頼に来た編集者が本の内容や営業方針(想定読者など)について詳しく説明できなかったら、「男か女かもわからないのに、着物を着せられるか」と怒ったという話がある。
 先に述べた出版社に所属する装丁家たちはコスト計算に長けている。フリーの装丁家のなかには、「金がかかる」装丁を指定してくる人がたまに居る。つまらない自己顕示欲なのだろう。高級感を出すために高価な紙を指定し、印刷にも原色以外にインクを一色使う。印刷費がそれだけ嵩む。それをチェックするのが編集者の仕事なのだが、ベストセラー作家や大物の装丁家から強く「要望」されてしまうと、なかなかコントロールできない。
 本には、「上製」と「並製」の区別がある。うな重や天ぷら定食の「松」、「竹」、「梅」の類かというと、そうでもない。うな重は鰻の質や大きさによるが、本の場合は大量の部数を同時に作るわけだから、紙や印刷でそんなに差を付けることは出来ない。辞書で「上製」を引くと、「上等に作られていること。また、その物」とある。しかし、本の世界では、上製は「上製本」の略で、厚紙を表紙に用いるのが一般的だ。しかし、「上」と「並」では、いかにも品質に差があるように思われるので、近ごろはハードカバーとソフトカバーと呼び方を変えたり、区別を表示しない出版社も多い。製本にかかる費用は、「上製」のほうが若干高くなる。
 ジャンルによって造本が違うのは当然だ。だから、文庫や新書は、「並製」ということになる。製造原価を下げるために、カバーの色数を減らしたり、様々な工夫と努力がなされてきた。今やいかに経費をかけないで、高級感を出すかが装丁家の腕の見せどころなのだろう。
 現代新書(講談社)のカバーが杉浦康平氏から変わって四色から二色になったのも、コスト計算があったからに違いない。杉浦氏と講談社の間で一悶着あったのは、記憶に新しい。
 私の印象だが書店を回ってみると、本の定価はあまり上がっていないように思う。それだけ「並製」が増えているのではあるまいか。単行本が売れないから定価を下げて、部数を多く発行する。すると返品が増える、といった悪循環の傾向がある。書店に届けられた本は荷造りを解くこともなく、送った荷姿のまま返品されることがある。「ジェット返品」というそうだ。
 装丁家は、予算に応じて仕事をするのが本当のプロの姿だろう。著名な装丁家ほど、コスト計算が上手だ。例えば、「〈装幀〉は単なる〈包装〉ではなく、本の〈皮膚〉のようなものだ」という栃折久美子氏や、「本にどんな紙を使うかで勝負が決まる、みたいなところもある」という和田誠氏などの意見を次に紹介していきたい。 (この項続く)