|
HOME / 雑誌 / 一冊の本 / 書棚と本棚/ 書棚と本棚 12
書棚と本棚 12
重金敦之
Shigekage Atsuyuki 文芸ジャーナリスト。
「どんな紙を本に使うかが勝負みたいなところもある」という和田誠氏は、次のように書く。
「とは言うものの、面白い紙なら何を使ってもいいわけじゃありません。印刷に適していないといけないことは当たり前としても、本文、表紙、見返し、カヴァー、それぞれに向いている紙を選ばなきゃいけない。特殊な、小部数の、遊戯性の強い書物は別ですが、通常は厚すぎる紙は困る。薄すぎるのも困る。破れやすいのは困る。折り曲げるとパキッと折れちゃうのは困る。透けて裏が見えちゃうのも困る。わざと透明な紙を選ぶ場合もありますけども。あと、高価な紙は困る。これも贅沢な本なら許されるわけですが、通常は勘弁して下さいと言われます。」(『装丁物語』白水社)
装丁家、あるいはブックデザイナーとして、和田誠氏はきちんと「原価計算」を理解している。
七月に東京ビッグサイトで行われた「東京国際ブックフェア」で「造本装幀コンクール展」を見た。主催は日本書籍出版協会と日本印刷産業連合会。審査委員長は読者代表の児玉清氏。開催趣旨には、「本文の文字組みから色使い、レイアウト、表紙カバーの美しさや機能性、材料の適性、印刷、製本などに至るあらゆる角度から審査して授賞作品を決定する」とある。業界関係者がそろって「より美しく、より良い本作り」を目指す契機となることを目的にしているようだ。
事典・全集、文学・文芸、児童書・絵本からコミックに至るまで十二の部門に分かれている。生活・実用書部門で日本書籍出版協会理事長賞に輝いた『育育児典』(版元・岩波書店、装幀者・森本千絵、印刷・精興社、製本・松岳社青木製本所)は栞が三本付いている。育児書は二本までが通常の仕様だ。もちろん選ばれた理由は栞の数だけではないが、細かいところまで神経が行き届いているところが評価されたのだろう。
選評を読むと、「造る側の技術の伝承を考えると、豪華本も選びたい」という意見がある一方で、「ふんだんに制作費のある豪華本が賞を獲ることに嫌気がさしていた」と感じている審査員もいる。「活字は本の美しさの基本」と説く声もあれば、「凝った本よりも一見チープに見える作品に、メッセージを感じた」人もいる。
長年販売業務に携わっていた日本書籍出版協会の審査員は、「他の審査員に申し訳ないと思いつつ、売れそうな装幀の本に一票を投じた」といっている。正直な人だ。おそらく本音だろう。しかも最も大切なことである。芸術性と利益追求が合致すれば問題はないが、相反する結果となることが多い。時代は中世ではないから、王侯貴族がパトロンとなることはない。最近は「メセナ」という言葉もあまり聞かなくなったが、現代のパトロンは国家と企業ということになるのかもしれない。このコンクールで疑問なのは、書籍の定価が発表されていないことだ。制作費(芸術性)と定価は必ずしも連動するわけではないが、芸術性を高めれば制作コストが高くなるのもある程度はやむを得ない。
三十年間で一万数千冊の装丁を手掛けたという菊地信義氏は、かつて「造本コンクール」の審査員を務めたこともあるが、「本を目にした人の心を読者へといざなうこと」が重要だと説く。
「多くの編集者は、本が売れることを重視しています。本も商品として流通する以上、それは当然のことです。しかし、編集者をはじめ本をつくり出すものにとって、本というメディアで送り出す作品こそ大切です。自分が、これだと思う作品を世に問うために本を刊行し、持続する才覚こそ重要です。本は商品であると同時に志を盛る器でもあるのですから。それが出版という本来の行為だと思うのです。」(『新・装幀談義』白水社)
装丁が本の衣服にせよ、皮膚のようなものとしても本体である身体の存在そのものに意義を見出すべきだ、というのだろう。至極もっともな見方だ。異論はない。
読者にとっては芸術性が重視されたあまり「読みにくい」のが困る。愛用していた某辞典は「索引」が重要で「索引」がなくては始まらないところがあるのだが、有名装丁家が選んだ文字は小さ過ぎた。ページの数字は特に小さい。しかも縦組みなのに数字は横を向いているから、読みにくいこと甚だしい。タイポスも好みではない。歳をとるとますます読みづらくなり、類書が刊行されたこともあって最近はほとんど用いなくなってしまった。
ベルギーで製本工芸を学んだ栃折久美子さんは書く。
「デザイナーと出版社側との、あるいは編集者と販売担当者などとの意見がくいちがうことは、よくあることだ。そんな場合、たいていは誰かが意見を引っこめるか、両方で折れ合うかして、妥協点を見つけることになる。この妥協するということが、どうも気に入らない。それで時には頑固者といわれるのだけれど、ほんとうはそうでないと思っている。
簡単に言ってしまえば、商品として徹底的に考えぬかれたものは、必ず見た目にも美しい筈だということである」(『製本工房から 装丁ノート』集英社文庫)
すべてを「出版不況」という言葉でかたづけたくはないのだが、昨今の状況は、「徹底的」な議論を嫌う。端から、「妥協」が先行している。世の中すべてに物わかりのいい人が増えたのかもしれない。それは著者と編集者との関係においてもしかりである。
(この項つづく)
|
|