|
HOME / 雑誌 / 一冊の本 / 書棚と本棚/ 書棚と本棚 14
書棚と本棚 14
重金敦之
Shigekage Atsuyuki 文芸ジャーナリスト。
編集装丁家、田村義也さんに『のの字ものがたり』(朝日新聞社)という著書がある。自分が装丁した書籍について印刷方法、カバーの素材などの裏話や狙いを回想している。書籍の仕事を志す編集者やデザイナーにとっては、必読の書といってもいい。書名の「のの字」というのは、本の題名には「の」の字が多く使われるのでその扱い方が腕の見せどころになる、という意味だ。「この平仮名は、一筆書きの曲線なのだが、ちょっとした筆使いで、たちまち千変万化の表情を見せて、面白い」と記している。
本誌の誌名、「一冊の本」にも「の」は入っているし、本稿のタイトルにもある。書名に限らず、一般的な日本語の文章の中で最も使用頻度が多い平仮名が「の」なのだ。漢字は新聞記事なら「日」。英文のアルファベットでは、「E」が最も多い。アルファベットを数字に置き換えた暗号文を解読する小説は、エドガー・アラン・ポーの『黄金虫』だ。暗号文の数字で最も多いのが「8」なので、それを「E」に仮定する。余談だが中学時代に数学の教師から薦められて読み、推計学の初歩を学んだのが懐かしい。
背中の文字を重視する田村さんは、多くは自分の筆による書き文字だったが、写植文字を利用することもあった。写植や活字の文字の平仮名やカタカナは、漢字よりも少し小さく設計されている。そのバランスをわざと崩して、拡大や縮小をすることもあった。文字の線の一部を削って細くすることもあれば、ふくらますこともあった。そのまま生で使うのではなく、アレンジが施されているものが多い。まだ漢字を習っていない息子に書かせてみたり、拓本や経典などに範をとったこともある。
沖縄の砂浜にある微細な骨のようなサンゴの砂のイメージから、「袋文字」を創りだしたこともある。「袋文字」というのは、前回の和田誠さんの項でも触れたが、文字の輪郭をなぞった文字で中を白くすることもできるし、網を掛けることもできる。朝日新聞金曜夕刊の連載エッセイ、「三谷光喜のありふれた生活」のタイトル文字を思い浮かべてもらいたい。「ありふれた生活」の部分だ。
これは書き文字だが、活字からも製版技術によって作ることができる。新聞の凸版見出しに使用することもある。この場合の「凸版」の詳しい説明は割愛するが、「袋文字」という言葉を知らないと印刷所にはなかなか通じない。ある新入社員が、「白地(紋)、白抜き、地紋なし(袋文字の中)」と指定した。間違いではないが、現場が目を白黒させたことは、いうまでもない。
装丁家の栃折久美子さんも、タイトルには既成の活字や写植文字をそのまま使うことは少なかった。最初眼に入ったときは普通の活字に見えるのだが、丹念に詳しく眺めてみていくと、どこかにわずかな手が入っている。活字というのは、規格化されたメカニズムの産物で、それなり均整のとれた「美しさ」を備えているが、冷たいといえば冷たい。栃折さんの文字は活字に限りなく近いのだが、肌の「ぬくもり」のような手作業の感覚がある。「破調」の美と言ってもいいかもしれない。書名に比べれば、著者名は小さいのが普通だが、その小さい名前でさえ手が加えられている。
もちろん、カバーは文字だけで成り立つわけではなく、絵や写真などのイラストレーションとの調和が要求される。一度拙著の装丁でさる有名画家から装画を頂いたのに、装丁家が勝手に下手な字を描いて絵を台無しにされたことがあった。今でもその本はあまり見たくないし、見ると怒りがこみ上げてくる。
これは、編集者と著者のコミュニケーションが不足していたわけで、著者にも一端の責めはある。装丁の仕事は編集者の「楽しみな仕事」という一面もあるから、初めて仕事をする編集者に遠慮して任せたのが敗因だった。こちらから装丁についてコンセプトを編集者や装丁家に説明し、意図を主張すれば失敗は避けられたということだろう。しかし、そこを差配して調整し、納得のいく作品を仕上げるのがプロデューサーである編集者の役割で、きわめて重要な仕事であるはずだ。
田村義也さんは、安岡章太郎さんと親しく自宅も安岡さんの家の近くを選んだほどだ。装丁の見解が異なってぶつかることも多々あり、装丁が複数ある本が出来上がったこともある。田村さんが選んだ色が気に入らなかった安岡さんの意向を安岡夫人が田村邸に伝えに来たことがあった。田村さんは安岡夫人に向かって、「安岡章太郎のことは、安岡さん本人より俺の方が知っている」と言ったそうだ。展覧会「背文字が呼んでいる 編集装丁家田村義也の仕事」の図録で、田村久美子夫人が語っている。田村義也さんが編集者でもあり装丁家でもあったからこそ言える言葉だ。
装丁の良し悪しがどれだけ売り上げに影響するものなのか、その関連データを取ることは不可能に近い。広告の効果測定も似たようなものだろう。テレビCMばかり人気になり、流行語になったものの、実際は商品の売り上げに結びつかない例がある。いくら装丁の評判が良く、装丁コンクールに入賞し、造本の出版文化賞を受賞したからといっても、本の売れ行きが伸びずに赤字を出したのでは話にならない。
その昔は医師だったある作家から聞いた医学生時代の話だ。手術が終わって、執刀教授が医局の学生に得意げに報告した。
「本日の難しい手術は無事、成功裏に終了しました。しかし、その後残念ながらクライアント(患者)は亡くなりました」
この笑えない「笑い話」に「売れない装丁」というのはどこか似ているような気がしてならない。定年で一線を退いたある出版社の書籍編集者が半ば自嘲的に、「装丁という仕事は、装丁家、著者、編集者の三者の自己満足に過ぎないのではないか……」と語っていた。フーテンの寅さんの科白ではないが、「それを言っちゃあ、お終いよ……」なのではあるけれども。(この項おわり)
|
|