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山形浩生のNot Yet
「小さな政府」は実は「大きい」
The True Size of Government
by Paul Charles Light, Brookings Inst Pr., 1999
山形浩生
Yamagata Hiroo
日本ではなぜか、役人が多いと思っている人が多い。政治家も新聞も三文ヒョーロンカたちも、何かというと官僚バッシングをして、政府を小さく、無駄をなくせ、とわめきたてる。その一方で、その同じ人たちが、年金を正確に処理しろとか、職をつくれとか、派遣を切られた人のためにあれこれやれといった、公共にもっと仕事をすることを要求したりする。
かれらはそれが矛盾することだとは思っていない。でも本当であれば、公共に仕事をもっと要求するのであれば、もっと役人を増やさなきゃいけない。そして役人を減らすなら、公共の仕事も減らすことを考えるべきだろう。公共には頼らず、民間が自分でいろんなことをするようにすべきだ。失業者の世話なんか、役人に頼んじゃいけない。食の安全なんか自分で守るべきだ。子供の安全がどうこう言うなら、自分たちで自警団を組織しなきゃいけない。でもそんな様子はない。みんな愚痴をいえばお役人様が何とかしてくれると思い込んでいる一方で、そのお役人様たちをたたいて数を減らせ、予算を削れと主張することの矛盾に気づく様子もない。
が、これは必ずしも日本特有の現象ではない。それどころか、世界中で見られる現象だ。特にアメリカでは、民主党も共和党も政府を小さくするというのが大きなお題目となっていて、名目上の役人数を減らしたり、予算や各種の役人向け特典を減らしたりするのが、政治家の点数稼ぎで重要な役割を果たしている。だが、もっともっと公共サービスの充実が要求されている一方で、人員ばかりが減らされるなんてことがなぜ可能なのか? それはもちろん、政府が多くの作業を外注するようになっているからだ。
本書はその政府の外注を検討した本だ。著者はその外注分を「政府の影」と呼ぶ。そしてその主張は、かなりシンプルなものだ。教条的で形式的な役人減らしや小さな政府万歳のスローガンのために、ますます多くの政府作業が外注に頼られるようになった。連邦政府の職員などは、おかげで多少は減った。でも、実質的にかつての政府サービスと同じことが、政府予算によって執行されている。本書の推計によれば、アメリカの政府職員一人につき、外注で公共サービス作業をこなしている人が二人。そして、政府の規模は実際にはきわめて大きく、いまや国民の三割は政府で働き、14パーセントはその影で働いている。
ただし、影まで含めても、政府の規模は、従事する人員で測った場合、アメリカでは確かに小さくなりつつある。その分、政府の効率もあがり始めている。ただし、本当に政府の効率性を検討したいのであれば、現在やっているように単純に「公務員」として挙がっている人の数を数えてもだめだよ、と本書は指摘する。ちゃんとその周辺の外注まで含めて、総体として公共サービスを提供している人すべてを考えないと、と。公務員だけに注目すると、かえってその実態が見えなくなってしまうんだよ、と。
おそらく本書は、翻訳されにくい本だろう。中身は基本的にアメリカ政府の話で、その方面に関心がある人でもない限り、興味を持ちそうにない。また、ある程度の部分は、そもそもどうやって「政府の影」を測定すべきかという技術論になっている。これは結構むずかしいのだけれど(政府が庁舎の掃除を外注したとき、その外注は政府の影の一部だろうか?)、でも必ずしも本質的な話ではない。そこに書かれている各種の示唆や問題点は、日本の状況にも、十分すぎるくらいに当てはまるものだ。
日本における無責任な官僚批判や政府縮小論については、冒頭に述べた通り。そしてその結果として、国立大学や産業総合研究所のような機関を独立行政法人にしてみたり、郵便局を民営化してみたりといった動きがもてはやされる。それは本書で書かれている、政府機能を外に出す方向性だ。本来であれば、それはサービスの内容は維持しつつ民間的な自由度を高め、政府のしがらみを減らしつつ政府を小さくするという官民双方のいいとこどりになるはずだった。でも実際にはそれは、相変わらず政府にあれこれ口出しされて自由度を制約されているのに、政府の保護は受けられないという、双方の悪いところを兼ね備えたものになり果てつつある。それでいいんだろうか? 特にそれがしばしばコスト削減のためのサービス低下につながる場合には? 形式的な公務員数にとらわれることのない、本当に意味のある「小さな政府」や「政府サービス」をどのように考えたらいいんだろうか?
また、もっと最近の時事ネタに関係した考察もできるだろう。民間企業においても、派遣を使うことで効率化を図る動きが見られた。でもそれは本当に派遣になっていたんだろうか? また同じ作業をしている人の給与や待遇が、正社員と派遣とでちがうという状況はどこまで正当化され得るのか? 本書には別に、そうした問題への答えがあるわけではない。でも、その根底にあるのは、似たような状況からくる似たような行動パターンだ。外注頼みの政府に関する本書の指摘は、民間にもある程度の意味合いを持っている。
そうそう、この書評を読んでいただくにあたっては、ディスクロージャーが必要だろう。ぼくもまた、政府の各種の業務を請け負うのが本業ではある。したがってぼくも、政府の影の一部だ。ぼくが本書の議論に納得するのは、そのせいもあるのかもしれない。ぼくはそういうバイアスはないと自分では思っているけれど、そこらへんの判断は読者諸賢にお任せするしかない。また本書には、日本の各種問題について(それどころかアメリカのものについてさえ)はっきりした答えがあるわけではない。が、そこで提起されている話は、多くの人がうすうす感じているものだし、公共サービスをめぐる議論のベースをきちんと考え直すという意味ではきわめて有益な一冊だろう。
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