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山形浩生のNot Yet
日常生活は間違いばかり? (最終回)
Why We Make Mistakes: How We Look Without Seeing, Forget Things in
Seconds, and Are All Pretty Sure We Are Way Above Average,
by Joseph T. Hallinan, Broadway, 2009
山形浩生
Yamagata Hiroo
この欄では、行動経済学っぽい本をたくさん紹介してきた。本書もその一つだ。ここのところ、こうした本が多く目につくのは、一つには、そうした方面の研究が進んできたということもある。また今回の金融危機で、人々が完全には合理的に行動せず、不合理な群衆行動を取りがちだということがクローズアップされたこともあるだろう。最近出た、ノーベル経済学賞のアカロフとシラーが共著で出した“Animal Spirits”という本も、今回の危機で明らかになった人々の不合理な側面の重要性を指摘している(具体的な対応策の提案がないのが残念なところだが)。
だが、本書の守備範囲はもうちょっと広い。行動経済学だけでなく、それ以外でも人々の意外なまちがいをいろいろ挙げたおもしろい本。運転、買い物、試験の解答、時間の使い方、そんなところすべてで、人々がしがちなまちがいを、ジャーナリストが研究者に取材してまとめている。
たとえば、みなさんは自分の高校時代の成績を覚えているだろうか? もちろんみんな漠然としか覚えていないんだけれど、人は往々にして、自分が実際より成績がよかったと思っている。世の中には、ちゃんとそういうことを研究している人がいて、それを定量化までしている。三割くらい美化するんだとか。
人は過去を美化する。しかも、自分についてだけ。ギャンブラーや相場師が自信たっぷりなのは、別に本当に賭けに強いからではなく、当たったときには自分の手柄だと思い、予想がはずれたら「いやこれはたまたま」「千に一つの偶然でクリントンが日本にきていたから」とかいいわけしているだけ。しかも詐欺でやっているのではなく、当人が本気でそう思っているのだ。
行動経済学系の話もカバー。人は何かしたことによる損害よりも、何もしないことによる損害を軽視する。同じ見方でも、枠組みによって変わってくる。スポーツクラブは、みんな自分が思っているほど通わないので、使い放題の月額制や年額制の会員権の大半は無駄になっていて、毎回利用した分だけ払う方式のほうが得。スーパーのセールは、一つの商品を値下げして、その他の商品を値上げしていることが多いので、実はみんなが思っているほどお買い得ではない。また、人は味や金利といった合理的な原因よりも、値札とかそこで流れているBGMとか、あるいは広告についている女の子がかわいいからといった理由でいろんな判断をしていて、しかも自分でそれに気がついていない。
たぶんこの中のある程度の部分は、類書で読んだことがある人もいるんじゃないだろうか。すでに述べた通り、本書の著者は別に自分で研究した人ではなく、いろんな人の研究成果のまとめなのでそれは仕方ない。本書のよいところは、それがかなりコンパクトにまとまっていること。そしてそれを、大変にうまくぼくたちの日常体験とからめて、とても親近感のあるものにしてくれていることだ。
そして、そうした多くのまちがいに共通する特徴というのは、人は自分に甘くて自信過剰だというもの。みんな、自分はどんなに悪くても平均かそれ以上だと思っている。まぐれで何回か賭けに勝つと、人は自分がコツをつかんだと勝手に思い込んでしまう(コツなんかあり得ないコイン投げでも)! 自分を美化し、記憶を美化し、能力を過大評価し、まちがいを認めず……こう言われるとなかなか人は納得しないけれど、でも実際に各種のまちがいを挙げつつこれを言われると、なるほどと思わざるを得ない。本書に書かれたまちがいの八割くらいは、みなさんも自分に思い当たるふしがあるはず。
ただ、なぜそうなっているかについては考えることが必要かな、とも思う。本書では、医師の自信過剰が医療過誤を招いていると指摘する。それは事実だろう。
でもそもそも多少は自信過剰でないと、他人の身体をいじくりまわす勇気はでないんじゃないか。情報が増えても判断は改善しない、単に判断する人が(実は根拠レスな)自信を高めるのに役立つだけ、と本書は指摘する。そうかもしれないんだけれど、その自信って重要じゃないのかな? 空元気でも自信がないとできない意志決定ってあると思うのだ。もうちょっとそういう考察がほしかったかな、とは思う。
が、多くの人は本書を読んで、多少は謙虚になろうと思うだろう。そして、各種のまちがい診断にはかなり役にたちそうなものもある。読者諸賢のために一つだけ。多くの人は、最初の直感が正しいと思っている。多肢選択式の試験などでもよくあるアドバイスは、「わからなければ最初のひらめきを信じなさい、あとから考え直したりしないほうがいい」というものだ。
ところがこれを実際に調べた人によると、最初の直感は実はまちがっていることが多く、あとから考え直した答えのほうが正しい。これはマルコム・グラッドウェルなんかの本とは言ってることが正反対だが、でも実際に研究した人によるとまちがいないことなのだとか。
でもそれならなぜ、みんな最初の直感が正しいと思い込んでいるのか? それは、何かやって(つまり考え直して)失敗したら後悔が大きく、何もしないで(直感のままにして)失敗しても後悔が少ないという人間心理の特性のためだ。
だからみんな、後から直して失敗したときのことをビビッドに記憶に残してしまっているのだ。さ、これでみなさん、次の試験のときにはどうすればいいかわかりましたね。ほかにこの手の有益な情報が知りたければ、是非とも本書をどうぞ。
ところで本書は、まちがいというテーマを強調するため、わざとカバーの印刷と裁断をずらして、裁断ミスのように見せている。最初見たときは、本当に造本のミスだと思ってちゃんとしたやつをいろいろ探してしまったんだが、逆に本に注目を集めるにはいい手法かもしれない。ただ日本でこれをやると、しゃれっけのない生真面目な人から返品苦情の嵐になるだろうなあ。
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