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書棚と本棚 19

[書棚と本棚 19]

編集者の仕事(承前)

重金敦之

Shigekage Atsuyuki 文芸ジャーナリスト。

 新聞社に入って週刊誌の記者になったのは東京オリンピックの年だが、すぐ出会った本に草柳大蔵の『山河に芸術ありて 伝統の美のふるさと』(講談社)がある。かつては新聞社からしか発行できなかった週刊誌だが、昭和三一年新潮社から「週刊新潮」が創刊され週刊誌の戦国時代を迎える。出版社は新聞社の執筆陣(記者)に対抗して、データマン(取材者)とアンカー(最終執筆者)の分業システムを取った。出版社に編集者はいても、実際に記事を取材して書けるスタッフはまだ少なかった時代だ。
 正社員ではないデータマンは「○○編集部特派記者」という名刺を持っていた。取材される方は、「わざわざ特別に派遣された人に違いない」と誤解した人も多く、実際にトラブルも絶えなかった。彼らが持ってきたデータを元にして「商品」に仕上げるライターをアンカーと呼んだ。
 草柳大蔵、梶山季之、竹中労、井上光晴など、後に作家として名を成す人たちもいたが、原則として無署名だった。アンカーとは「錨」で、リレーの最終走者の意味もある。テレビ界ではニュース番組の総合司会者をアンカーマン(アンカーパーソン)というところから来たのだろう。
 草柳は大宅壮一に師事し、「週刊新潮」、「女性自身」の創刊に関わる。無署名のアンカーから脱皮して、自分の名前で書いた原稿が雑誌「芸術生活」に連載した『山河に芸術ありて』で、処女作となった。
 自身も述懐しているが、「たいそうな」書名である。内容は花札を作る京都の伏見、銘菓「長世殿」を生んだ金沢、南部杜氏の村、石鳥谷(岩手県)、高知の長尾鶏の村(現南国市篠原)など日本の昔から続く「美の生産者」たちの日常をペンとカメラで追ったものだ。決して「作家」の個人プレーではなく、名もない「無署名」の仕事に自信と誇りを持っている人たちだ。あえて「芸術」を広く捉えたのだ。
 テレビによる取材がまだ一般的でなく、文字とカメラがメディアの本道を闊歩していた。ノンフィクションという言葉もまだなじみが薄かった。それでも、大衆化現象が地方の僻村にまで浸透しつつある時代だった。
〈彼らは、ほとんど丸暗記に似た口調で自分の仕事をしゃべり出す。
「徳川の初期以来続いていたそうです。一時は苦しかったが、この頃は、リバイバルというんですか、あるいは伝統が見直されたというんですか、都会の人の生活にゆとりが出てきたのか、また、こんな時代おくれの、まあ芸のコマかいものに関心がもたれ出したようです」
 たいがいこれだ。しゃべり方の手続きが、どこへ行っても、きまっている。〉(新装版・昭和四二年=初刊三九年)
 表向きの「建て前」ではなく、胸の内の「本音」の言葉を紡ぎ出す作業が取材、と言いたいのだ。草柳はこの時代、すでに「自由すぎる」日本の社会生活では、発想と表現の画一主義が広がり、固定化しつつあると指摘している。
 ところでなぜ新装版かというと、繰り返し読んだ初版本は他人に貸して返ってこなかったのである。「女性自身」から転じて同僚となった山下勝利(故人)は草柳と面識があり、二人で本書を話題にしたことがあった。格好の教科書と称揚する私たちの会話を聞いていた先輩がどうしても読みたい、というので自宅の筐の底から探し出してきたのがまずかった。その後、先輩が亡くなり本は消えてしまった。この顛末をある小冊子に書いたら、草柳が目に留め、丁寧に署名本を恵投いただいた。平成十二年玄冬とあるから、亡くなる二年ほど前のことになる。
 デビュー作は好評を得て、「週刊朝日」でも、企業に在籍する機械化時代の『現代の名人』(昭和四一年・現代人社)の連載をすぐに依頼した。編集部に現れた草柳大蔵は、痩身長躯で白皙の好男子だった。今なら「イケメン」というのだろうが、草柳はこの種の伝統に反した軽々薄々な言葉は用いなかった。後年、ノンフィクション『実録 満鉄調査部』(初刊昭和五八年・朝日文庫)を連載することになる。
 師である大宅壮一は草柳大蔵の『マスコミ新兵』(昭和四一年・現代ジャーナリズム出版会)の跋文にこう書いた。
〈私の家に来てから一年ほどして、簡単な原稿の下書きをしてもらったことがあるが、彼はそのわずか二、三枚の原稿のために徹夜をして、書き方を変えた三通りの原稿をつくってきた。彼には、こうした“自己訓練”のきびしさがある。〉
 これに似た「伝説」は他の人にもあるから、脚色が施されているかもしれない。しかし、昨今のジャーナリストの「新兵たち」にこれだけの「自己訓練」の真似ごとすらないのは、はたして時の流れだけであろうか。編集者というのは、原則的に無署名で決して名前を出す仕事ではない。「芸術」とまでは言わないが、仕事そのものはどこか「山河にある職人集団」に似ているのだ。
(この項続く)