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Step ahead 日本女性としてさらに輝く先へ
PROFILE
きりの なつお 1951年、石川県金沢市生まれ。成蹊大学法学部卒業。1998年『OUT』で第51回日本推理作家協会賞受賞。1999年『柔らかな頬』で第121回直木賞受賞。2003年『グロテスク』で第31回泉鏡花文学賞受賞。2004年『 残虐記 』で第17回柴田錬三郎賞。2005年『魂萌え!』で第5回婦人公論文芸賞受賞。他の著書に『天使に見捨てられた夜』『ファイアボール・ブルース』『水の眠り灰の夢』『錆びる心』『ジオラマ』『玉蘭』『I’m sorry,mama.』『白蛇教異端審問』『アンボス・ムンドス』などがある。
写真=小林紀晴
インタビュー・構成=白崎博史
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桐野夏生インタビュー
“欲望”をもたずに生きていけますか?
30代になるまで自分が作家になる
なんて夢にも思っていなかった
抱かれる女から抱く女へ――。
桐野さんが青春時代を過ごしたのは、そんなスローガンと共にウーマンリブが叫ばれていた頃だった。自由になれると思ったが錯覚だった。
「女であることが不便な世代でした。なぜ、なんだろうとずいぶん悩んだけれど、そのぶん色んなことを考える契機が与えられたんだなって、いまになって思います」
最初からいまのようなベストセラー作家だったわけではない。30代になるまで自分が作家になるなんて夢にも思っていなかったと言う。
20代の終わりにシナリオ学校に通い始めたが、売れっ子になるまでに10年、と言われて「そんなに待っていられない」と腰が退けた。31歳のとき、懸賞小説に応募するために初めて書いた作品で小説の面白さを知る。これが転機だった。
「小説家は天職だと思いました。シナリオだと登場人物の心の動きはセリフと動作でしか表現できないけれど、小説なら目に見えない心の奥底まで描写できる。それに、シナリオと違って小説ならどんな世界を描いても完全に“自分のもの”と言い切れる。それが魅力でした」
そしてそれから9年後、『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞を受賞。ミステリー作家として本格デビューするが、続く作品は思ったほど売れず、精神的にも経済的にも追いつめられる。どうせならミステリーの枠にとらわれず、好きなことを自由に書きたい。そんな思いで書き上げたのが、後に日本の犯罪小説の金字塔と呼ばれるまでになった『OUT』だった。
“弁当工場で働くパートのおばさん”として、過酷な労働条件のもと、社会の狭間で生きる女たち。そんな抑圧された女性が社会に抱く違和感と反乱を描いたこの作品が出版された1997年当時は、物語の主人公たちもパートとはいえ企業に直接雇われていた。が、今ではいつでも交換可能な派遣社員がほとんどとなった。
「割を食っている」のはもはや女性だけではない。生まれたときから商業主義の消費社会に組み込まれ、雇用の流動性という名のもとに使い捨てにされるフリーターやニートと呼ばれる若者たちに強い関心があると桐野さんは言う。
「大半の若者がいわゆる“負け組”に押し込まれるわけです。これは社会がどうというよりも産業構造の問題だから仕方がないのかもしれないけれど、経済的な自立が難しい今のような状況の中で生き延びていくには欲望をもたずに生きるしかない。でも、それって人間であることをやめなさい、みたいな話ですよね」
現在、桐野さんが朝日新聞本紙で連載中の小説『メタボラ』が描きだしているのもそうした希望のない明日を生きる若者たちの姿だ。
「あの作品の中でも書いていますが、若い人たちがフニャーッとした感じで生きているように見えるのは、やっぱり欲望がもてないせいだと思います。よりよい生活がしたいという欲望がひとつの原動力になって上昇志向が生まれるわけで、それがないと単なる個人の生きがい探しのようになる。人によってはそれがボランティアなどに向かっていくのでしょうけど、それは見方を変えれば搾取されていることになりかねない危険性もある」
これからの社会がどう変化し、どんな人間が現れてくるのか作家としては興味深いが、個人的にはさびしい気がすると言う。
「今年、娘が就職活動にあたってリクルートスーツからバッグ、靴までそろえたら10万円もかかったと言うんですね。アルバイトしても時給千円に満たない若い女に10万も出費させるこの世の中ってなんだろうと……。私の担当編集者のひとりも70社くらい受けたそうで、それだけの競争を乗り越えてきているからもう目の色が違うんですね。でも、そうやって勝ち組になってキャリアがあっても、30過ぎて独身だったら“負け犬”って呼ばれる時代でしょ。かわいそうですよね。最初は半分ジョークのつもりで使われていた自虐的な言葉が、世の中に広まっていくうちに意味が変容していったんでしょうけど、残酷だと思います」
期待と失望の繰り返しみたいなもの
じゃないですか、人間の成長って……
「負け犬」や「ニート」に限らず、いちど世の中に定着してしまうと、その言葉は共通イメージとなり見えない力となって一人ひとりの人生に重くのしかかることがある。
「あの“負け犬”という言葉で傷ついている人がずいぶん多いようですけれども、大切なのは他人の価値観や尺度で自分を計らないということだと思います。それにはやっぱり自分自身の言葉を獲得すること。たとえば本を読んで、自分の考えや想像が人とは違うことを認識できるようにすること。そういうことが必要だと思いますね」
社会や人間が抱えるダークな部分に焦点を当てた作品で知られる桐野さんだが、これからもその姿勢を変えるつもりはないと言う。
「夢や希望がないとダメと言う人もいるけれど、フィクションにまでそんなもの求めてどうするのと思います。夢に向かってがんばれとか、君は世界で1人だけとか、そんな言葉で安い感動するなと言いたいですね。そういうことを言うと、ひねくれ者って言われたりするんだろうけど、そういうときには言い返します。『ああ、ひねくれてるよ』って(笑)」
読者の女性たちに向けてひと言アドバイスをというお願いに桐野さんは――。
「娘にもそう言って嫌がられたんですけど、正直なところ、これからはもっと暗くてもっと生きづらい世の中になっていくと思います。希望がもてない社会というのかな。そのあたりは自分が若かった頃に感じていた閉塞感と似ている気がします。でも、結局は期待と失望の繰り返しみたいなものじゃないですか、人間の成長って……。私も失望のほうがはるかに多くて傷つきまくりの人生だったけど、すぐ卒業しちゃうんですよね。こりゃダメだと思ったらすぐ次に行く。最初はそういう自分が嫌だったのだけれど、今ではそれが切り替えが早くていい、と思うようになってきた。若い人の中には傷つかないように傷つかないように生きている人がいるけれど、それじゃ何も始まりませんよね。ダメだったら気持ちをリセットして、次に行く。恋愛だってそうじゃないでしょうか。離婚や失恋も一種のリセットと考えればいい」
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