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ワダエミ

PROFILE

わだ えみ 衣装デザイナー。1937年3月18日京都府生まれ。京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)西洋画科在学中にNHKのディレクターだった和田勉さんと結婚。大学卒業後、舞台やCMで美術・衣装を手がける。黒澤明監督の映画『乱』(85年)で米アカデミー賞最優秀衣装デザイン賞を受賞。公開中の香港映画『SPIRIT』では中村獅童の衣装を担当。全衣装デザインを担当した、新羅末期が舞台の韓国映画の超大作『中天』が本年12月に公開予定。


写真=松村映三
構成=宮内千和子


ワダエミインタビュー
本当の“豊かさ”に気づいていますか?

ディテールに執着してこそ
心打つ“説得力”が生まれる

「1年が過ぎるのが、あっという間。たぶん私は、他人の3倍忙しく生きていると思うわ」
 ワダエミさんは少しおどけてため息をついた。世界中のエンターテインメント関係者からオファーが届き、脚本だけでも年間10本を超える。
「本当は60歳で仕事をやめて、庭づくりをしながら暮らそうと思っていたの。長野県に私がデザインした家を建てましたから。でもね、なかなか断りきれなくて(笑)」
 いま、ワダさんが手がけているのは、今年12月にニューヨークのメトロポリタン歌劇場で上演される新作オペラ『ザ・ファースト・エンペラー(秦の始皇帝)』の衣装。中国の作曲家タン・ドゥンが作曲・指揮し、映画監督チャン・イーモウが演出する。ワダさんとともに、世界的ヒット作『HERO』を生みだしたコンビだ。総衣装数は約600着という大作である。
「ソリストのために50着。その1着ずつ、すべて“世界”を変えなければいけない。ほかにもコーラス90人、ダンサー40人にも3~4着ずつの着替えを用意しなくてはなりません」
 その衣装は、中国・北京市郊外にある北京スタジオ衣装部の工房でつくられている。『HERO』もこの工房。中国オールロケーションを敢行したという韓国映画、12月公開予定の幻想時代劇大作『中天』の衣装も、ここで8カ月の時間をかけて完成させた。いまワダさんが全幅の信頼をよせている工房だ。ここ数年は1年のうち3、4カ月を北京で過ごす。「北京に着くと、我が家に帰ってきた気分」と笑う。
 トリノ五輪出場の安藤美姫や公開中の香港映画『SPIRIT』で中村獅童の衣装もつくったが、「例外中の例外」の仕事だったという。
「あまりに熱心に頼まれて、断りきれなくなってしまってね。ひとつの作品の衣装をすべて手がけるのが、基本スタンスですから。でも、引き受けたからにはベストのものを仕上げないとね。ビデオを何本も観たり、資料を調べたり。美姫ちゃんには実際に目の前で滑ってもらい、彼女が何を表現したいのかを見極めようとしました。すべてはイメージをつかむための作業。私にとってはこうした準備がとても大切なの」
 衣装デザイナー・ワダエミを世に出した、黒澤明監督の映画『乱』から21年。その姿勢は常に一貫している。『乱』では事前に読み込んだ200冊の資料を持参し、「能の装束」というアイデアを黒澤監督に納得させた。その結果が米アカデミー賞の受賞。以来、海外のクリエイターと仕事を共にし絶大な信頼を得ている。
「私にはマネジャーもアシスタントもいません。いつだって、ひとりで現場に出かけます。何億円の予算があっても、そう。もちろんデザインを考えるのは好きですよ。けどね、各国の領収書の計算には、もう、うんざり(笑)」
“世界のワダエミ”が、まさか領収書と格闘しているとは……。ワダさんはいう。
「布地一枚でも、自分がデザインしたものに関しては、すべて把握しておきたい。お金の面も含めてね。だから、ひと任せにはできません」
 ワダさんは布を自分で染めてサンプルをつくり、同じ色が出るまで何度でも同様の工程を繰り返す。その仕事ぶりを見たチャン・イーモウは、「中国のデザイナーは全部アシスタント任せ。エミほど、きっちりした仕事をする人に出会ったことがない」と、感心しきりだったという。
「私はイメージの世界、つまり虚構をね、具体的な形にして皆に伝えるためには、そうしたディテールこそが大事だと思っているの。手を抜いたとたん、できあがった衣装に“説得力”がなくなると思うから」


ブランドものを欲しがる感性、
私には理解できませんね


「『ファースト・エンペラー』の主人公、つまり秦の始皇帝がやったことは、万里の長城を築いたことと、文字を統一したこと。そのふたつのイメージを衣装にして表現します。そのために万里の長城も見に行きました。観光ルートから外れた場所を選んで、壁からこぼれ落ちた石を拾ってきて、イメージを固めたんです」
 そこから生まれたアイデアは、たとえば濃い茶色の布地に、レンガ積みのように重なる金糸の縫い取り。背面には文字をかたどる。半年かけてデザイン画60枚を完成させた。色紙大のグレーの台紙に、色とりどりの和紙を人型に切り張りするワダさん独特の体裁だ。これをもとに糸が染められ、布地が縫われていく。ワダさんは最後の一着が完成するまで北京に通い、糸一本からできばえをチェックする。その徹底ぶりにくらべると、本人の服はシンプルだ。
「デザインの仕事をしているけど、高価なものには、まったく関心がない(笑)。日本の女性って、ブランドものを欲しがるでしょ。私にはそうした欲望がぜんぜん理解できないの」
 ワダさんは、中国の職人に編んでもらうカシミヤのセーターのほうが「好き」だという。
「細い糸を何本どりにするとこうなるとか、そばで編み方を見ているのが幸せなの。仕事にも役立つし。そんなお金や時間の使い方のほうが豊かだと思いませんか。ホリエモンという人がどうしてあんなにお金を稼ぎたかったのかも不思議(笑)。それが資本主義なのでしょうけど」
 衣装制作の拠点として北京を選んだのは、コストが安いこともあるが、腕のよい20代の若い職人が大勢育っているからだという。
「日本の子供たちは、とにかく受験、受験。“ものづくり”に必要な感性や技術を身につけるためには、大学を卒業してからでは遅いのに。中国に比べて、明らかに人材不足に陥っている。それに日本のマスコミは、文化に対する意識が低い。私は海外では高く評価されるけど、日本ではまったく評価されていませんもの(笑)」
 華奢で小柄な体のどこから、世界を相手に仕事を続けるパワーが出てくるのだろうか。
「私はメジャーになるつもりはなかったし、賞が欲しくて仕事をしてきたのでもない。私が見たいものをつくりたい、ただそれだけなんです」
 ワダさんは京都・下鴨神社の糺ノ森に続く緑に囲まれた家で育った。多感な時期に日本古来の建造物や自然、さまざまな美しいものに出合えたことも、仕事の糧になっているという。
「ただし、常に新しいものを生み出していかないと意味がないと思う。過去にあったワダエミの衣装のコピーをつくることだけはしたくないの。そうなったら、どんなにオファーがあっても、きっぱり仕事をやめるだけですね」