Step ahead 日本女性としてさらに輝く先へ

林 文子

PROFILE

はやし ふみこ 1946年、東京都生まれ。都立青山高校卒業。東レ、松下電器産業を経て、77年、31歳でホンダの販売店に入社。入社1年目で約80台を売り、以来トップセールスとして活躍。87年にはBMW社に移り、同社初の女性セールスとして約5年間に400台の販売を達成。その後2カ所の支店長に。99年、現フォルクスワーゲン東京社長、2003年にはBMW東京社長に就任。05年5月から、ダイエー代表取締役会長兼CEOに。「おもてなしの心」「まずほめる心」で社員の気持ちとやる気をつかむ。著書に『一生懸命って素敵なこと』など。


写真=飯田安国
文=有動敦子


林 文子インタビュー
明日のことはやってみなければわからない

「おもてなしの心」でトップセールスに

 23歳で結婚し、一度は家に入ったものの、働きたくてたまらず、いくつものバイトを経験した。どれもピンとこなかったが、ひょんなことでひらめいたのがホンダの営業職。
「女性には無理」と一度は断られたものの、どうしてもと粘った情熱が、その後の人生を百八十度変えた。
 31歳で天職ともいえる営業の仕事について以来、林さんが成し遂げた功績は枚挙にいとまがない。入社1年目で、いきなり平均の2倍を売り上げた。またたく間にトップセールスとなった彼女は、10年後、BMWに移り、47歳で支店長に昇進。53歳のときに、業界初の女性社長としてフォルクスワーゲン東京に迎えられると、4年で販売台数、総売上高ともに倍増させた。その経営手腕が認められ、4年後の2003年、古巣であるBMW東京の社長に就任。昨年5月にはダイエーの会長兼CEOに抜擢された、まさにスーパーキャリアウーマンである。そう聞くと、強気で男まさりの女性経営者を思い描く人もいるかもしれないが、目の前でほほえむ林さんに“男まさり”という印象はない。現に、結婚37年目となるご主人との関係においても、常に一歩下がって夫を立てることを忘れない。
「男女の関係は、女性が少し引いたほうがうまくゆくのではないでしょうか。“対等”というのはちょっと違うと思いますね。男と女には、性差がちゃんとあって、考え方ひとつとってもずいぶん違う。たとえば、男性には“闘争本能”が根本にあるけれど、“できれば争いたくない”のが女性。ただ、職場では競わなければいけない場面が何度もあって、自分の気持ちにそぐわないこともありました」
 自動車販売の世界は、男性が中心。ライバルの男性たちと売り上げを競い、結果、トップをとることも多かったが、内心はなぜか「申し訳ないという気持ちがすごくあった」と林さん。
「本当にやりきれない気持ちになるんです。やっぱり女性はどこか優しいんでしょうね。若い頃は、自分には向いてないのでは……と思うこともよくありました」
 男性と戦いたくなければ、事務職につくか、辞めて家庭に入ればいいと思う人もいるだろう。だが、林さんは仕事をし、男性と競い続けた。
「男性中心の世界に女性がいれば、偏見はつきものですし、わかってもらえないこともたくさんある。仕事は大好きでしたから、どうしても続けたい。そのためには、男性より実績をあげていなければ、自分が存在する意味がない。そうやって、一生懸命に仕事に取り組む姿を、理解してもらおうとしました」
 難しい車の説明は横において、お客さまをもてなす女性らしい“おもてなしの心”で、年間145台という販売記録を作ったこともある。人の懐にスッと入ってくる、人なつっこい気性がそもそも営業向きだったのか、20代のときにアルバイトした住宅販売所で営業マンの留守に 接客し、一戸建てを3軒も売ったと聞いて驚いた。
「売れるんですよ、意外と。それがどんなに素晴らしい家なのか、誠心誠意説明すれば伝わるんです。昔、『林さんがなにを売っても買いますよ。炭でも米でも』と言ってくださるお客さんがいましたけど、物を売ることって人間の本能に備わっているんじゃないかと思う。私の薦めるものを誰かがうれしそうに見てくれて、『いいわね』なんて言ってくださると『いいでしょう?』って、嬉しくなる。人が本当に好きなんですね。営業の仕事が好きだったのも、純粋に人の喜ぶ顔が見たかったから。お客さんだけじゃなく、社に戻って『売れました!』と言うと、上司が『そうか、よかったな』と喜んでくれる。それが嬉しかった」


これと決めたら全力投球
それが成功へとつながるコツ


 人は人のために生きている、と林さんは言う。
「だから、たくさんの人を幸せにしたいし、私にとっては、多くの人と出会い続ける方法が、仕事をすることなんです。辞めようなんて考えたこともない。生きることと同じですから」
 仕事を続けていれば、失敗も挫折ももちろんある。「窮地に直面すればするほど、底力がわいてくる」と言う林さんだが、今度の任務は“火中の栗を拾う”と言われたダイエーの再建だ。無理なのではないか、失敗するのではないか。正直、そう思ったことはないのだろうか?
「返事に困りますね。だって、そう思えないんですもの。もちろん、生半可な気持ちでやれる規模ではない。でも、誰かがやれることなら、自分にできないはずはないという気持ちはあります。私がよく言うのは、目の前にふたつの道があるとき、人はどちらを選ぶかによって人生が百八十度変わってしまうかのように悩むけれど、どちらを選んでも結果はきっと同じ。というのは、どちらを選んだとしても、自分が決めたことを良きものにしようと全力投球すれば、それが“良きもの”になるんですよ」
 ふたつにひとつの選択肢は、仕事だけに限らない。ふたりの男性の間で迷うことがあるかもしれない。結婚か仕事かの選択を迫られるかもしれない。いずれにしても、「どちらを選んでも、正解ということはない」。すべては自分次第なのだから。
「それよりも、結果を恐れて決めないことのほうが人生不幸ですよ。明日のことはやってみなければわからない。だから、立ち止まったまま考えているんじゃなく、踏み出さないと」
 これまで引き受けてきた仕事での多大な責任も、忙しくてもコミュニケーションを欠かさず、守り続けた結婚生活も、すべて全力で打ち込んで道を切り開いてきた。これが林流“成功の秘訣”。だから、彼女は失敗する予感がしないのだろう。
 淡い藤色のスーツに身を包んだ林さんは、カメラの前に立ってにこやかに言った。
 青果市場で競りの仕事をしていた父と、惣菜を売っていた母の血を受け継いだせいか、「ダイエーの売り場に来るとワクワクするの」と林さんは笑う。「この人に売れないものはない」と思わせるセールスの達人はいま、ダイエーという“ブランド”を売ることに、全力投球している。