女のシックスエレメント

吉原知子

PROFILE

1970年、北海道生まれ。13歳でバレーボールをはじめる。北海道立妹背牛商業高校卒業後、88年に日立入社。92年バルセロナ五輪出場。94年に退社し、翌年、イタリアプロリーグ・セリエAへ。同年に帰国、ダイエー、東洋紡オーキスを経て、2002年パイオニア・レッドウイングスに入団。04年、主将としてアテネ五輪出場権獲得に貢献。今年5月に現役を引退。現在開催中の「女子バレーボール ワールドグランプリ2006」での解説をはじめ、今後は広くスポーツに関わりつづけていきたいという


インタビュー、構成=若山あや
写真=峯 竜也


吉原 知子さん
Tomoko Yoshihara 元全日本女子バレーボールキャプテン

1st element

コートの外の女子バレーボール選手たち


何かに一生懸命な人って、目にみえないオーラの輝きを感じる。そういう女性は美しくてかっこいい。さらに人へのさり気ないフォロー、気づかいができる、そんな人に憧れます。それとバレーボール選手って試合中はスッピン。屋外でランニングをするときは日焼け止めで顔を真っ白にしたり、汗をかいた後は洗顔、スキンケアを入念にしたり、美容にも神経質なんです。私たちにとっては素肌の美しさも勝負なんです(笑)!


2nd element

6人の戦う女たちのなかで


バレーボールのコートに立てるのは6人。それは多くもなく少なくもなく、微妙な数。そのなかで「これでもか」ってほど人間関係を学びました。感情をコントロールできなかったり、うわべをとりつくろったままでプレーするとかならずボロが出る。女性ばかりだから難しいところもあります。そこで「思ったことはみんなの前でいう」「試合に負けても誰かを悪くいわない」などの鉄則をつくったら、変に気をつかわない人間関係が築けた。チーム一丸となるには、仲間を心から理解して真につながっていないと難しいし、私生活の好き嫌いを持ちこんだら終わり。私が率先してやってきたのは、何もかもさらけ出すこと。みんながそれにつづいてくれたので信頼関係ができたと思うんです。


3rd element

住めば都とはまさにこのこと


冬は本当に寒いし、夜のネオンも早々に消えちゃってあたりは真っ暗。パイオニア・レッドウイングスに所属して住みはじめた山形ですが、最初は耐えられるかな?って心配でした。でも気がつくと4年。サクランボやイチゴなど季節の果物に日本酒も美味しい。それになんといっても地元の人たちが温かい! きゅうり1本買おうとすると「これも持っていきなさいよ」って3本に、桃1つ買うとおまけで5個ついてくる(笑)。そんな“住めば都”とも、もうお別れ。これから第二の人生に向けて新天地であたらしい生活をはじめます。


4th element

時間があれば旅行雑誌を読んでいます


旅が好きです。とくに温泉が大好き。九州の温泉地はほとんどまわったんじゃないかな? これから徐々に全国制覇していこうと思っています(笑)。温泉に入って浴衣のままごろごろしてしゃべって、それでまたお風呂に入って。そんなふうにのんびりするのが私にとっての最高の癒し。おすすめですか? 鹿児島の旅館、雅叙園です。夕方になると地元の焼酎が飲み放題なんです(笑)!


5th element

限界をつくるのも、超えるのも自分次第


限界を作るな。これは20代後半に引退を意識したとき、当時の監督にいわれた言葉。「いちばんいい時期なのになぜ辞める」って。ハッとしましたね。だって辞めなければならない確かな理由なんてなかったから。限界を自分で決めてしまっては、そこまで。できないと思ったら、すべては終ってしまう。それを決めるのは自分次第。辞めるのは簡単、一瞬でできる。結局、36歳まで現役をつづけてこられたことは、自分でもよくやったな、って思います。でもとことんやり抜いたから後悔がなく、やっと次のことがみえてきたのでしょうね。


6th element プラスα

代表監督がこぼすわたしへの賛辞(?)


生まれもった私の性格はマイナス思考。だから物事がスムーズにいかないことが続くとなにかと悩まされてしまう。けれど、どうせおなじように年を重ねるならプラスに考えた方がトクだと思えるようになりました。試合前、靴紐の長さが一緒になるように結ぶことを習慣にしていました。コートに入る前に、戦う気持ちに切りかえるための一種のおまじないかな。そういえば柳本監督に 「おまえなんかバレーに向いていない!」って怒られたことがあって、つい「うるさい!」とどなり返してしまったことがあるんです。スランプの中でも前向きでいようとしていたから、思わずそんな言葉が出てしまったんでしょうね。今でも柳本監督に言われますよ、「あんな口答えしたのはおまえだけだ」って(笑)。