Step ahead 日本女性としてさらに輝く先へ

小林武史

PROFILE

Takeshi Kobayashi 1959年生まれ。音楽プロデューサー。サザンオールスターズやSalyu、レミオロメンをはじめ、数多くのアーティストのレコーディング、プロデュースを手がける。Mr.Childrenに関してはこれまでの全作品とライブステージをプロデュース。みずからもMY LITTLE LOVER、Bank Bandのメンバーとして活躍。今夏、Bank Band with Salyu名義でリリースされた『to U』は『筑紫哲也NEWS23』(TBS系列)のテーマ曲にも採用され、話題を集めた。環境問題に関するプロジェクトは2003年、櫻井和寿さん、坂本龍一さんらとともに非営利組織「ap bank」を設立。05年に野外音楽イベント「ap bank fes」をプロデュース。今夏開催された「ap bank fes'06」では7万5000人の観客を動員、成功をおさめた。また今春には「kurkku」プロジェクトを始動。活動の詳細は、下記のウエブサイトにくわしい。http://www.apbank.jp/


インタビュー、文=齋藤正弘(ジェイヌード)
写真=峯 竜也


小林武史インタビュー
モノの物語を味わいながら さあ、開いてごらん 未来への扉を

ぼくも櫻井も
お金のことに
特別な意識があった

 遠くでカミナリの音がする。空の向こうにいなびかりが走るのがみえたりすると、ちょっとこわい。でも「大丈夫」と言い聞かせる。カミナリが鳴っているのは、ずっと遠く。ピカッ……(10秒)ゴロゴロ。まだ雨粒だってみえないし、このまま雷雲は遠ざかっていくにちがいないんだから。
 でも、ちょっとイメージしてほしい。遠くのカミナリのその下で、建物を震わせるほどの雷轟に足がすくむような恐怖を感じている人たちがいることを。地球上のどこかでなにかの脅威におびえている人がいることを。
「ぼくも以前は、たとえ世界が終わる日がきても、それは自業自得。帰り道のことなんていっさいおかまいなしの転がる石のように人生を考えていました。環境問題も、そう。自分ひとりの力ではなにも変えられない。地球の未来がどうなろうと、ぼくの責任じゃないとあきらめていたところがありました。でもその一方で、音楽をやっていると、人との結びつきやこころの響きあいのようなものを感じる。現実世界は出口のみえない暗さにおおわれていても、音楽では希望を追求していくべきなんだと」
 つかずはなれずだった意識と現実が、小林さんの場合、あるひとつの脅威がきっかけで交わります。2001年のアメリカ同時多発テロ事件です。
「ニューヨークにも自宅があって、9・11のその日、ぼくは日本にいたんだけど、妻と子どもは向こうにいた。その時『すべてはつながっている』という警告を感じました。もう誰のせいにもできない。いままでいい加減にしてきたことも、これからは自分でなんとかしなくてはならないと思ったんです」
 現実を変えていくために意識を働かせる決意をした小林さんのもとに、坂本龍一さんから連絡が届きました。アーティストの影響力によって環境について訴える『Artists' Power』という活動へのおさそいでした。
「ぼくと櫻井(和寿さん)が参加することにしました。勉強会を重ねていくうちに、どう使われるのか把握できない自分たちの預金を、自分たちの望む使い途にだけ運用する『市民のためのバンク』の存在を知りました」
 そして2003年、小林さんと櫻井さんに坂本さんを加えた3人が拠出したお金をもとにして「ap bank」を設立。あたらしい未来をつくろうとしている環境プロジェクトに低金利で融資を行うという非営利組織です。
「櫻井は音楽で必要以上の見返りがあることに罪悪感を覚えるといってますが(笑)、ぼくも自由に使えるお金があるのなら、いろんな人とのつながりができて、なにかを学べて、社会に返していけたらいいと思っていた。自分と社会のあいだに共鳴を創りだすための道具。お金ってそうあるべきだと、ずいぶんまえから思っていましたから」
 そして「ap bank」はいま、市民銀行という大木の年輪を重ねながら、いくつもの創造的な花を咲かせるようになりました。そのひとつが「kurkku(以下、クルック)」プロジェクトです。


暮らしやすい未来への想像を育む
ストーリーのあるモノたち

「けっこう香りがついているね」
 この日、クルック・キッチンは夏季休業の初日。厨房の火はすべて消されているのに、店内はおいしそうな匂いに満たされていました。
「9・11の時、子どものころから抱いていた感覚にもういちど目覚めさせられました。人は自然の生命によって生かし、生かされているという感覚です。クルック・キッチンでは自然農法で育てられた野菜や肉を、薪や炭といった昔ながらの自然エネルギーでじっくり調理します。その食材の命が煙となり、おいしい香りとなって店内に吸収されていく。それも“エコレゾ”のありかただと思うんです」
 エコレゾとは“エコ・レゾナンス”の略。小林さんはいいます。「結局、すべて意識なのだ」と。
「意識をみせたり、意識をもって帰ってもらったり、意識を伝えるためにモノを売ったり買ったり。『ap bank』はその意識をレゾナンス│共鳴、共振していく運動。そしてクルックとはその意識に触れたり、かかわったりするための“場”なんです」
 たとえば小林さんのおすすめは、短角牛。ほかにもクルック・キッチンには、「ap bank」の融資先視察のために櫻井さんが訪れた鹿児島県「えこふぁーむ」産の放牧黒豚をはじめとする食材がある。
 この牛や豚たちのことをイメージしてほしい。おそらくかれらは、ほかの牛や豚よりも住み心地のいい環境ですくすくと育ってきただろう。そしてかれらの成長過程で排出されたものが、野菜や草花のごちそうとして土に還り、農の営みや生態系を豊かに育ててくれていることを。そうした命のレゾナンスをまじめに熱心に支えている人たちがいることを。
 それは食だけではありません。リサイクル・コットンと天然染料でつくられたロゴ入りの「クルック・オリジナルTシャツ」や、フランスの高級小麦メーカー・ヴィロン社の25キロ袋をリサイクルして耐久性も考慮されたトートバッグ「VIRON SAC」といったクルック・デザインのモノたち。そして小林さん自身の愛読書であり、多くの人たちに読んでほしいという思いを込めてクルック・ライブラリーの書棚に置かれたサリンジャーの小説『フラニーとゾーイー』や庄司薫さんの児童書など。すべてのモノにストーリーがあるのです。
 そういえば、こんなやりとりもありました。クルック・キッチンのテーブルにつくと、沖縄の琉球吹きガラスのグラスに北海道産のミネラルウオーターが注がれます。それはまるで北海道と沖縄、それぞれの風土と文化が出あう幸福な瞬間のよう。そのことをサービスのスタッフに告げると、遠距離輸送の際に生じるCO2の環境負荷の問題についても議論が生じたそうです。
「その議論があったのは事実ですし、しかもまだ継続審議中(笑)。そういった矛盾も含めて、ガラス張りにしていこうと思うんです。すべてをオープンにすることによって対話が生まれ、議論や工夫を重ねていくうちにあたらしいバランスがつくれる。その先にしなやかで柔軟性のある未来が広がっていると思うんです」


kurkku
コンセプトプロデュースを「ap bank」が手がけ、今春、東京・原宿にオープン。「kurkku kitchen」「kurkku library」「kurkku design」(写真上)「kurkku cafe」(表紙)「kurkku green」の5つの部門から構成されており、体が喜ぶ食べもの、デザインよく環境にもよいモノ、よい暮らしのケーススタディを伝えていく。10月からは誰でも参加できる各種ワークショップや企画展もはじまる。オンラインショップも展開中。詳細は、下記ウエブサイトまで。
tel. 03-5414-6273(クルック・オフィス)
http://www.kurkku.jp/
http://shop.kurkku.jp/(クルックオンラインショップ)