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Step ahead 日本女性としてさらに輝く先へ
PROFILE
Shéna RingÖ 1978年、福岡県出身。音楽家。98年、『幸福論』でデビュー。現在公開中の映画『さくらん』では初の音楽監督を務めた。編曲と指揮に斎藤ネコ氏を迎え映画音楽と同時進行で制作された4年ぶりの椎名林檎名義のアルバム『平成風俗』を2月21日にリリース。またファンクラブ会員限定のシークレットイベントを収録した『第一回林檎班大会の模様』も同日に発売。4月25日には同アルバムを高音質(96k/24bit)で音声トラックに収録したDVD VIDEO『平成風俗 大吟醸』とアナログ盤『平成風俗』(いずれも完全初回生産限定)の発売も。オフィシャルサイトは、『SR 猫柳本線』http://www.kronekodow.com/
インタビュー、文=森 鈴香 (ジェイヌード)
撮影=奥村恵子(Image)
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椎名林檎 インタビュー
女でなかったら生きていないかもしれない
「大きな夢ではないように
聞こえるかもしれないけれど、
夢はぶれずに
いることなんです。
わたしにとっては
いちばん大切なのです」
ライナーノーツと
子宮の関係について
2006年、聖夜の昼下がり。都内の音楽スタジオの一室で、椎名林檎さんは真剣な面持ちでスタンドマイクに手をかけ、壁面の大きな鏡に向かっていた。この日は、大晦日にバンド「東京事変」で出演するライヴのリハーサル。
ものづくりの現場にいる林檎さんの姿は、アーティストであるとともに多くの男性のなかで“仕事”に打ちこむ28歳の一人の女性であった。
「プロになっていちばん大変だったのは、男性が動かしている組織のなかで『私のつくった歌の3分間がすべて』では通用しないということ。曲づくりの何倍もの神経をつかって“説明”しなければならないという現実があることを思い知らされたんです。最近ようやくわかってきました。男性には男同士でふまえている特有の感覚がある。一方、女性にも特有の “前提”がありますでしょ? それを『なぜわかってくれないの?』と男性に言い募るのはよくない。これって“つくり”の差だから仕方ないですものね。だから少なくとも仕事では、短い言葉できちっと説明するようにしたいと思う。まだまだ歯痒いところですけれど(笑)」
現在公開中の映画『さくらん』では、はじめての音楽監督を務めた。この作品に描かれた江戸時代、吉原遊郭の女性たちの姿に、現在の女性と変わらないものを林檎さんは感じたという。
「女性は個性をもたないと私は思う。というより、もとうという意識があまりない。だから女同士でいるときは役回りや肩書がいらなくて気持ちいいですよね。でも男性は何かと“ライナーノーツ”をおもちになろうとされますでしょ? 女性は表札がなくても生きていける。ある意味、たくましい。“子宮でものを考える”というのには不服ですが、言葉に変換する前に感じるところがある。恥ずかしくもありながら、およそ女性である限り、否定できないことですね」
「お憤りになる方がいらっしゃるかもしれませんけれど」とひかえめに、そして自分の心にいちばん近い言葉を選びながら、透き通った瞳でまっすぐに相手を見つめて話す林檎さんは、同性への心づかいにあふれ、連帯感を意識させてくれているように感じられた。
道標にしているスターがいます
「これまで気をつけてきたことは、ただひとつ。“ぶれずにいること”だけ。はじめて『おまえは変わるな』と言ってくれたのが亀田誠治さん(注・林檎さんデビュー当初の音楽アレンジャー)でした。彼はことあるごとに、そう言ってくださってました。幼いころから好きなバレエダンサー、シルヴィ・ギエムさんのように、ぶれない人っていうのが私にとってはスターなんです。彼女の次にほれこんだスターはイチローさん、坂東玉三郎さん。彼らがほかと絶対的に違うのは『死を知っていること』『終わりから逆算していること』。少なくとも、そんなふうにお見受けできてしまうことに尽きます。みずからの肉体の変化を受け容れていらっしゃる。同時に風評の不確かさをいやというほどご存じでおられる。私自身は本来つくるべきだったものを提供する段階に、まだ到達できていないという焦燥感に襲われっぱなしです。停滞しているような感覚に焦ってしまう。何かを生み出さなければって」
そんな仕事に対する切実な思いとともに語られた、もうひとつの悩みが“息抜きのしかた”についてだった。
「いかに自分をゆるめるか。いちばん大事なことでしょうね。でも今はまだわからないんです、やり方が。シャッターが完全に閉まっちゃいそうで。『もう、やめた!』って」
お休みの日は家でのんびりお子さんと遊ぶことが多い。そう、林檎さんは今年6歳になる男の子のお母さんでもある。
「子どもを産むとね、『私=私と子ども』っていうふうに、子どもと自分を切り離せないように身体の仕組みを変えられてしまうんです。だから、その周囲とのバランスをうまく保てるようにならないと」
30歳前後の女性には人生の選択で悩んでいる人が多い。子どもはほしい、でも仕事も続けたい。その悩みに林檎さんは核心をついたひと言を投げかけた。
「本当に心配すべきことは、今おつきあいしている方が、『5年後の成長した自分に必要な相手であり続けるだろうか?』ということなんじゃないかしら(笑)」
アーティストを前にしてはじまった会話は、次第にガールズトークの様相を呈してきた(!)。そのなかで感じたのは林檎さんは女性としての主観をもちながら、客観的に女性というものをとらえられているということ。それを証明するようなエピソードがもうひとつ。それは『さくらん』のエンディングテーマ『この世の限り』を兄の椎名純平さんと歌ったこと。
「慣れ合いの仲で、新たに相手の魅力をみつける感受性をもち続けることって難しい。でもこれもひとつの幸せの追求の仕方。それを曲にしようとしたとき、兄以外考えられなかった。一緒に歌う相手が、肉親ではなく、運よくステキな男性だったら、私が妙な気持ちになって別の成分を出してしまいそうで(笑)。歌詞にも声の成分にも変な艶っぽさが上乗せされてはいけませんし。これは私の作品でありながらまずは蜷川監督の作品なのですから」
職業人としての意気と女性としての感性。そのブランコを時に大きく、時に小さく、林檎さんは巧みに操る術を知っている。
「女性はいつも仲間とともにいる生き物。それが本当によかった。こういうふうにお話もできるし。もし自分が男性だったら、どんなに孤独だっただろう。『女でよかった』どころか女じゃなかったら大変。もう生きていないかもしれない! だから、私は幸せなのです」
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