Step ahead 日本女性としてさらに輝く先へ

松山ケンイチ

Kenichi Matsuyama 1985年、青森県生まれ。2002年にテレビドラマ『ごくせん』でデビュー。『男たちの大和/YAMATO』(05年)、『DEATH NOTE デスノート the Last name』(06年)などで第30回日本アカデミー賞新人俳優賞ほか映画賞を多数受賞。今年は公開中の『人のセックスを笑うな』のほか『L change the WorLd』(2月9日公開)、『デトロイト・メタル・シティ』(8月公開予定)、また09年に『カムイ外伝』が待機中。 http://www.horipro.co.jp/
hm/matuyama/


森 鈴香(ジェイヌード)
=インタビュー、文
ミズカイケイコ=写真


松山ケンイチ インタビュー
けっして
後悔のない歩き方

最近は”休むこと”を
がんばっています。
頭のなかを完全にオフにするために。
でも、何も考えないって
すごくむずかしいんです。


セリフが終わっても
まわりつづける
カメラの前で


「いつのまにか突っ走ってる、そんなかんじです」
 恋のはじまりってどんな感覚なんでしょう、と問いかけると松山ケンイチさんはそうこたえてくれた。映画『人のセックスを笑うな』で演じている19歳の美術学校生、みるめもまたそうだ。
「20歳も年上の結婚している女性に恋をする。最初はモラルについて考えたりもしました。だけど『全身全霊で恋をする勇気がないのなら、ひとの恋愛に口は出すものじゃない』と思うようになりました」
 登場人物たちの恋はそれぞれに切ないけれど、作品のなかに涙はない。
「みるめにとってははじめての本当の恋。だから賢くなれないんです。好きだという気持ちを止められなくて、ただただ突っ走る。でもそういう状態って強いんです。どれだけ傷ついても好きでいられる。そういうときは泣かないですよ、絶対に。でも今後また違う恋をしたときは確実にこんなふうではいられません。それはある意味、臆病になるからです。体験と経験を重ねるごとに、ひとは心を閉ざしていってしまう。そうすると泣くという行為も出てきてしまうんじゃないですか? でもぼくは何度恋愛をしても、たぶん泣きません。なぜかというと、みるめを演じているときに涙がこみあげてこなかったから」
 みるめの体験を自身のことと重ねるのにはわけがある。それははじめての本格的なラブストーリーとなるこの作品で、こんな発見があったからだ。
「撮影中はカメラのまえにいるときが現実で、楽な気持ちでいられました。『おつかれさまでした』を合図に戻る日常が“ウソの世界”の ように感じられたんです。こんな体験ははじめて。自分のお芝居に対する価値観をいい意味で崩されました」
 井口奈己監督はみるめという役をつくらせてくれなかったのだそうだ。たとえばセリフを言い終わってもなかなかカットをかけてくれなかった。
「台本に書かれていない部分をみるめとして演じることが、ぼくにはうまくできなかった。そこを表現するには、すべてを自分に引き寄せるしかなかったのです。自分を使わざるをえないんです」
 素の自分が出てしまうことで感じたのは戸惑いではなく好奇心。それは進化に対する欲求が絶えることのない松山さんだからでは?
「最後まで自分自身を見捨てないでおこうと思っています。自分に対して責任をもつことがしあわせへの道だと思うから。とにかくまずはやってみることで、うまくいってもいかなくても得ることがあります。やってみることで、ぼくは確実にまえに進んでいる。そう思えた瞬間にネガティブな考えはいっさいなくなります。そんないまの自分が好きだし、しあわせなんです」


作品の力になりたい。
作品のメッセージを
きちんと伝えたい


 女性のパワーについての話題になると、こんな考えを話してくれた。
「女性って悪魔みたいだと思うんです。受けいれる強さ、許す心の大きさ。そういうところが悪魔のもつ強いイメージと重なります。自分の何かを犠牲にして、もっとすごいものを得る力が女性にはあるような気がするんです。男の場合、同じことができたとしても理論武装してしまう。でも女性はそれを無意識になしえているんじゃないでしょうか。だからある意味、男性と女性は同じ土俵では戦えない。そこを理解していれば、それぞれが最強でいられる気がします」
 視線を遠く見やりながら言葉を紡ぎだすようにゆっくりと、ときに鋭いまなざしで早口に、でもはっきりと。そんな口調で松山さんから発せられる言葉は、一つひとつ大切な役目を与えられているように重みがあり、真摯な気持ちが映し出される。
「ぼくってわがままでズルくて、ダサいんです(笑)。自分のなかの純粋ではない部分を役に出してしまっているところがあるから。もしかしたら、そこがほかのひとと違うところかもしれません。いただいた役は、ぼくにしかできない役にしたい。だから自分のすべてを使います。ただ人生のすべてを役に注いでしまったら、ぼくの人生はなんだったんだろうということになってしまう。だから役者であるまえに人間だっていう思いもちゃんともっていたいです」