Step ahead 日本女性としてさらに輝く先へ

阿部 寛

Hiroshi Abe 1964年、神奈川県生まれ。87年『はいからさんが通る』で映画デビュー。2008年は『チーム・バチスタの栄光』(中村義洋監督)、『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』(樋口真嗣監督)につづき、『歩いても 歩いても』(是枝裕和監督)が6月28日に公開。またテレビドラマでは現在放送中の『CHANGE』(CX系)のほか、09年1月からのNHK大河ドラマ『天地人』、同年秋から『坂の上の雲』(NHK)に出演予定。また7月7~28日にシアターコクーンで上演される蜷川幸雄さん演出の舞台『道元の冒険』にも出演。
http://homepage3.nifty.com/abe-hiroshi/

森 鈴香(ジェイヌード)
=インタビュー、文
ミズカイ ケイコ=写真


阿部 寛 インタビュー
百獣の王が
眠りからさめるとき

この作品はこれから何度も
観かえすと思うんです。
10年たったら、どんなふうに感じるんだろう?
きっとホームビデオを観ているような
感覚になるんじゃないかな。
それぐらい“あの夏”の体験は
濃密だったと思います。


「仕事をした」という
実感がない
はじめての静かな達成感


「ただただ、作品の世界のなかに存在していたい。そう思ったんです」
 是枝裕和監督の作品にはじめて参加した想いを阿部寛さんはこの言葉で切り出した。 「出演の依頼がきたとき『ほんとうに、俺でいいの?』とマネジャーに聞いてしまったぐらいで(笑)」
 ここ数年、阿部さんが演じる役は濃いキャラクターで、クセのある人物が印象的だ。この日も近作『チーム・バチスタの栄光』で演じた厚生労働省のキレモノ官僚、白鳥圭輔の熱演の話題になると、「『今日はアイツを捜査してやろう。気分はハイでいく、それともロー? 戦法はこうだ!』と、まだまだ白鳥役を掘り下げてみたくなることがあります(笑)」と白鳥の口調になって話す。
 しかしそれが一転、『歩いても 歩いても』の話になると、やわらかな表情にかわる。 「共演者のみなさんとおなじ空気のなかにいられるだけでいいなと思ったんです。実際現場でもそのようにすごせた。だから『仕事したぞ!』という肩に力のはいった感覚があまりなかったんです」
 ある家族の一日を静かにていねいに描いた作品。撮影にかかった期間はおよそ1カ月強だった。
「ふりかえると3日間ぐらいの感覚がします。風のように通り過ぎていった。こんなふうに感じたのははじめて。すごくいい発見でした」
 阿部さんが演じた横山良多は兄の命日に家族を連れて両親が住む実家を訪れる。昭和40年ごろに建てられたという設定の横山家での“家族劇”は、昭和39年生まれの阿部さん自身の人生とも重なる部分が多い。
「ひさしぶりの実家で風呂のタイルがはがれているのを良多が見つけるシーンがあります。実はぼく自身にもおなじような体験があって、そのとき『こんなに年とったのか!』と思ったんです。こういうことは実体験がないとなかなか思いつかないもの。だから是枝監督にもそういうことがあったんだと、それにおどろきました」
 そして音やにおい、風。そうしたものの一つひとつが台所や縁側のある居間、庭などでていねいに描かれている。
「ぼくも子どものころは庭のある家に住んでいました。当時は土にふれることで庭のすべてを把握できたんですよね。ここに何の種を植えた、この石の下にはトカゲがいつもいる、ここには鳥のお墓をつくったというように。だけどいまでは毎日がベルトコンベヤーのように通り過ぎていって、足もとも見なくなってしまった。旅って本来は目的地に着くまでの道のりが大切だったりしますよね。その過程をどうすごすかによって旅で得るものがちがってきますから。でもね、名所旧跡を観光バスでさーっとまわるだけになってしまっても、ひとは“土”から離れることはできない。だから土地にしっかりと根をおろした家というものを是枝監督は作品にしようとしたんじゃないでしょうか」
 そして「映像に音の響きやにおいを感じたなら、まんまと監督のしかけにはまっていますよ」と笑った。


父と息子という反目する
親子の不思議な愛情


 父と息子。この複雑な男同士の関係もていねいに描かれている。
「息子にとって父親は張りあう対象なんです。たとえば父親になにかを相談すると、まず第一声に『それはちがう』と返ってきたり(笑)。だから男同士はなかなかすなおになれません。男ってね、働いている以上は何歳になっても“自分ががんばってる”っていう気概があって簡単にゆずらない。やっぱり男親にとっては仕事場がいちばんの場所なんです。だから家イコール母親。母親がすべてを仕切ってくれる。いつになっても母親のいる実家が安心できるのは、だからなんでしょう」
 阿部さんにもいつか父を超えてやろうという思いはあったのだろうか。
「でもね、父親って超えたくない存在でもあるんです。折れる姿を見たくない。がっかりするし申し訳ないような気持ちになるから。これは不思議な感情なんだけど、やっぱり自分より強くあってほしいんです」
 父と息子のことになるとちょっと照れくさそうに話す阿部さん。「逆に母と娘の関係はどうなの?」と切りかえされてしまった。撮影現場では樹木希林さんや夏川結衣さん、YOUさんたちが演じる女性たちに圧倒されて、男性陣は肩身が狭かったのだそう。
「ぼくの姉もそうでしたけど、女性は出産を機に別人に変身しますよね! どうしてあんなに強くなれるんだろう? “変身機”をどこに隠しもってるんだ(笑)」
「うらやましい、うらやましい」を連発する阿部さん。男性はそうならないのだろうか?
「男のほうが純粋さにこだわりつづけるのかもしれない。口に出したことはちゃんと責任とらなきゃって。女性はしなやかでしたたかである種の回転の速さと、細かいことを気にしない強さをもってる。家イコール母親は、だからこそ成り立つ方程式なんじゃないかな。一つひとつに純粋さを追求する妙な真面目さが男にはあるからね。もっと軽やかに生きりゃいいのに、なかなかできないのかもしれないね」
 すこし間を置いて、阿部さんは最後の言葉をこう結んだ。
「でも女性はある境界を超えると、とたんにもろくなる。逆に男は動じなくなる。人間の男もオスのライオンとおなじなんじゃないかな? 寝てることが多くても、いざというときにはちゃんと強いところをみせるからね(笑)」