Step ahead 日本女性としてさらに輝く先へ

阿部 寛

Hiroshi Abe 1964年、神奈川県生まれ。2009年はNHK大河ドラマ『天地人』(NHK総合)、4月クールの連続ドラマ『白い春』(CX系)、映画『ジェネラル・ルージュの凱旋』につづき、9月12日が初日の舞台『コースト・オブ・ユートピア─ユートピアの岸へ』で主演をつとめるほか、3年にわたって毎秋放送されるNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』(NHK総合、11月29日から毎週日曜20時~、全13回)が待機中。昨年公開され主演をつとめた『青い鳥』のDVDも好評発売中。
http://homepage3.nifty.com/abe-hiroshi/

森 鈴香(ジェイヌード)
=インタビュー、文
ミズカイケイコ=写真


阿部 寛 インタビュー
忘れてはいけないを忘れないために

今日はうまくいったという感覚を
次の日に再現しようとしてはいけない。
とくに笑いを誘うシーンは
劇場が一体になったと思わせてくれる瞬間。
その感覚を意識すると
昨日の自分をなぞるだけの
芝居になってしまうんですよね。


45歳の新人に
なってしまいました(笑)


 ある日、阿部寛さんは蜷川幸雄さんから一通の手紙を受け取りました。
「昨年、『道元の冒険』の舞台に立っているとき、『9時間の舞台をやってみないか?』って。さすがに迷いましたよ、3日間(笑)。9時間、しかも翻訳劇……。すべてがはじめてのことですから」
 その手紙でラブコールを受けたのが『コースト・オブ・ユートピア─ユートピアの岸へ』。19世紀のロシアを舞台にしたこの翻訳劇は、3部構成で上演時間は9時間におよぶ超大作なのです。
「役者人生の階段を一気に何段階も飛び越える挑戦です。こんな作品に出合える機会はそうあるものじゃない。しあわせなことです。自分の身体や精神の状態を考えると、できるとしたらいましかない。あえて自分を追い込んでみるのもいいんじゃないかと思ったんです」
 そう言いながらも「稽古はキツいだろうなぁ(笑)。幕が開いてからもセリフがうまく出てこなかったり、真っ白になったらどうしようって、ときどき不安になるんです。いま45歳だけど、こんなに新人みたいな気持ちになるのは何年ぶりだろう。稽古中は恥をかくのも仕事です」
 心情が表に裏に複雑に交錯するのは、上演前から「生涯の代表作です。まちがいない」と断言するほど、阿部さん人生初の大仕事だから。だからこそ期待や不安や畏れや、自分のなかに日々みなぎってくるパワーや感情について、言葉ではいいつくせないもどかしさを感じているようでした。
「いまは“挑戦”という漠然とした言葉でしかいえないけれど、この作品をやりとげた後には、確実になにかが変わっているはず。自分のなかに新しく持てるものがすごくたくさんあると思うんです。二十数年役者をやってきても、明らかに自分が変わったと断言できる作品って実はそんなにたくさんない。でも今回は期待が大きくって」
 その期待の原動力になっているのは、蜷川さんの演出であること。これまで阿部さんが出演した蜷川作品は『新・近松心中物語~それは恋』と『道元の冒険』の2作。
「蜷川さんは役者たちをよく見ています。芝居だけでなく、役者やスタッフ全員の24時間すべてを演出してくださっている気がします。だから稽古が終わっても、次の日に向けていい緊張感がもてるんです」
 阿部さんは緊張感が途切れることを嫌う。そして幕が開いても日々探求をやめないのが阿部さんのスタイル。
「毎日成長したいですからね。幕がおりるたびに『まだ何かあるぞ』って、翌日のテーマを決めるんです。変えるのがいいのか、よくないのかはわからないし、わざわざピアノ線の上を歩くようなことをして落っこちてしまうこともある。でも自分が演じている役をもっとよくしたいという気持ちは幕が開いてからも絶えることがないんです」
 この日の阿部さんからは「はじめて」という言葉がくりかえし出てきます。演じるのは、ゲルツェンという19世紀のロシアに生まれた思想家の男。台本や史料を必死に読んでも、立体化させるのが容易ではない、阿部さんにとってはじめての役どころだといいます。
「自分の生活や命をおびやかし、仲間がいなくなっても孤独を恐れず、熱く思想を闘わせ信念を貫き通す。こんな情熱的な生きざまに自分自身を投影させるものは、なかなかない。いま睡眠時間をけずって没頭しているのは、彼の人間関係をつかむ作業。ひととの距離感でセリフの感情の込めかたや口調がちがってくるからね。そこをきっかけに、さらに奥を探したいなと思っています。自分とゲルツェンに何か接点がふっとできる。それはもうすぐだと信じて、毎日闘っています」


ぼくを悩ませる
最高の贈りもの


 この作品では役どころの性格や表情などの指示はなく、すべてイチからつくっていかなければいけないそうです。「これもはじめてだよ」と阿部さんは笑います。
「ゲルツェンはすごく頭が切れる男。だからどこかで自分なりの壊しかたをしないと、のっかれないという気がしています。いったん壊してみて、人間味を少し過激なぐらいに入れてみて、自分にぐっとひきよせる。それでダメならば、また壊して、すこしもどしてみる。そういう作業をくりかえしやっていかなければ、この戯曲には立ち向かえないでしょうね」
 それは役にリアリティーをもたせる作業でもあります。
「舞台ってお客さんが作品にふっと入り込める瞬間があるんです。笑いを誘うシーンや、軽いアドリブがきっかけになることが多いですね。その瞬間からステージと客席が一体になり、落ちついて観ることができる。ゲルツェンにもそういう瞬間をもたせてあげたいなと考えているんです。共演の勝村政信さんは芝居の神さまが舞いおりる瞬間のオンパレード(笑)。勉強させてもらわなきゃね」
「もう、時間がたりなくて時間がたりなくて(笑)」と言いながら、次々とあたらしい作業をみつけることも、自分自身を追いこむことも、阿部さんにはおもしろくてたまらない様子。
「いつも舞台はむずかしい課題をギフトのように置いていってくれる。だから自分にはないものを探求していきたいんです。新たな箱を自分のなかにつくりたいという欲があるからね。でも何度も言うようだけど、今回はハードルが高い(笑)!」