Step ahead 日本女性としてさらに輝く先へ

大森南朋

Nao Omori 1972年、東京都生まれ。93年に『サザンウィンズ日本編トウキョウゲーム』(鴻上尚史監督)でデビュー。2009年は『フィッシュストーリー』(中村義洋監督)、『USB』(奥秀太郎監督作)、『ホッタラケの島~遥と魔法の鏡~』(佐藤信介監督)、『ハゲタカ』(大友啓史監督)につづき、11月14日公開の『笑う警官』(角川春樹監督)、10年は春公開予定の『ゴールデンスランバー』(中村義洋監督)、『スイートリトルライズ』(矢崎仁司監督)が待機中。また10年1月からオンエアのNHK大河ドラマ『龍馬伝』では武市半平太役で出演する。
http://www.apache2001.co.jp/omori/

森 鈴香(ジェイヌード)
=インタビュー、文
ミズカイケイコ=写真


大森南朋 インタビュー
内なる僕を覚ますあまのじゃく

役者で食えるようになったのが30代。
「ここで踏んばっとかないと40代はない」。
31、32歳のころそう思った。
その余韻を引っ張ったまま、37歳。
世間で言う“アラフォー”ですよね(笑)。
でも、とにかくがむしゃらに、
40代に向けての30代をいまも走ってます。


男の色気ってどうやって
出すんでしょうね?


「背中から色気出して歩いてみて!」
 監督からそんな注文を受けて、大森南朋さんは「いやいや、そんなこと言われても」と思いながら背中にカメラを感じながら歩く。するとまた「出てないぞ、色気が!」。
「『あれ? そうっすか!』って、うまくかわしてました(笑)。『映像を編集するときに色気を少々加えておいてください』なんて思っていたらOKが出た。その背中に色気があったかはいまだにわからないんですが……」
 すこし照れつつ軽快に冗談を飛ばしながら、「そんな監督とのやりとりも楽しかった」と最新作『笑う警官』の撮影時のエピソードを語りました。
『ハゲタカ』につづき社会派の作品。今度は北海道警察の組織ぐるみの汚職事件を題材にした物語で、大森さんは組織の闇を暴こうとする主役の警部補、佐伯宏一を演じています。
「この作品のお仕事のお話をいただく半年前に、道警の汚職事件についてのノンフィクションを読んでいました。汚職のエグい部分がなまなましく描かれていて、こういう題材を映画にしたらおもしろいんじゃないかと思っていた。そうしたら角川春樹監督に佐伯の役で声をかけていただいたんです。『自分のなかに、なにが起きるんだろう?』という興味がわいてきて、ふたつ返事で出演を決めました」
 そんな奇跡のような偶然はそうあるものではない。
「やってみたいと思う作品にそうそうめぐりあえるものでもなく、でも予想外であってもいろんな作品に出合えることが役者としてはしあわせです。『ハゲタカ』以前は、ぼんやりとした青年やサラリーマンという役が多くて、シリアスな世界を描いたものはほとんどありませんでした。だから社会派ドラマを映画でしっかりと取り組ませていただけたのは、すごくうれしくて」
 それがつづくと、今度はまたべつの役への欲がむくむくとわいてくる。
「いまは逆にちょっと風変わりな役をやってみたいですね。どうやらぼくはあまのじゃく的発想で動いてる(笑)。根底には大森南朋という人間について限定的なイメージをもたれると嫌だなと思う気持ちがあるからかな。ただ、どの作品に対しても、出合えてラッキーだったと思っています。だから自分であえて“路線”を決めたりはしません。自分で方向性を決めて、かならずしもうまくいく世界でもないと思うしね。つねづね思うことは、まわりのかたがたに生かされているということなんです」
『笑う警官』では「刺激的でしかたがない」出会いがあったといいます。それは撮影を担当したカメラマンの仙元誠三さん。
「子どものころ観ていた松田優作さんの映画をつくったかたですから、映画ファンとしても興奮しますし、なにより役者として、先輩がたの芝居をカメラをとおしてガンガン見てこられたかたが、レンズを通してぼくの芝居をどんなふうに撮ってくれるんだろう? それが刺激的でした。言葉はほとんど交わさないんですけれど、ぼくは芝居をして仙元さんはカメラをまわす、その瞬間にとてもいい関係ができていることを感じていました」
 仙元さんのカメラは監督の指揮で11分という長いあいだカットすることなく回り続けることも。古きよき日本映画でよく使われたその手法が、たくさん使われたこの作品。完成したものを観た大森さんは「おもしろくて不思議な映像でした。長回しならではの役者どうしの距離感や緊張感、間のとりかたが、すごく出ていて」。それは大森流の表現で言うと「抜ける感」。
「日常のなかではあたりまえのこと。人間どうしが会話している、そこにあるふつうの空気感とでもいうのかな。ふつうでありすぎる瞬間が長回しをしているとおとずれるんです。芝居している相手との絶妙な距離感というのでしょうか。自分、つまり佐伯はちゃんとここにいる、大森南朋でなくなる瞬間があるんです」
 ハッとしたらそのシーンが終わっていたというぐらい大森南朋から離れてしまっている。そんな気持ちよさを感じることが何度もあったそうです。そしてさらに新鮮な体験は監督に言われた「セリフをゆっくりと話す」ということ。
「ぼくなりにその意味や意図を芝居をしながらもつねに考えていました。でも頭のなかで結論が出るより先にカラダがそれになじんできたんです。セリフのリズムが作品全体のリズムをつくっていくということにカラダで気づいたんですよね。それが監督の言いたかったことなんだって」
 そう不思議そうに言って「生きている者どうしがあつまるのだから、なにが起こるかわからない。台本を読んでいるときには想像もつかなかった表情をしている自分に気づくこともあるからね」と笑いました。


引き出しの奥にあるものを
見つけてしまいました


 大森さんの出演作では、スクリーンに映る登場人物の女性たちがもつ多面性、魅力が色濃く引き出されているようにみえるけれど……。そんなふうに問いかけると、こんな答えがかえってきました。
「そうですか!? でもそれは女優さんにかぎらず、すべての共演者のかたにたいして、そうありたいと思っていることなんです。芝居をしていると、ひととの関係や距離の取りかたがそのまま対話になる。そういう対話をすることで、おたがい役が人間としてのリアリティーをもってくる。ぼくはもともと『さあ、演じるぞ!』というのではなく、撮影にもフラットに入っていくし、撮影現場で起こることもフラットに受け止めるから、もしかしたらその対話が起こりやすいのかもしれません」
 フラットであるということは、役から大森南朋に戻るのもスムーズなのではというと「いやぁ……」とニヤリ。
「自分では、その日の撮影が終わればスッキリ役から抜け切ってるつもりだったんですけれど、意外に引き出しの奥のほうにしまって持ち歩いているみたいなんですよね。最近作品がシリアスだったからか、まわりのひとたちに『ピリピリしてるよ』って言われることが何度かあって。いまはさすがに自分でも気づきます。『おれヒリヒリしてるな、気をつけなきゃ』って。アラフォーになって、また新しい自分を見つけてしまいましたね(笑)!」
 やっぱり冗談めかして言いながらも、表情にはすがすがしさがあふれていました。