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Step ahead さらに輝く先へ
Nao Omori 1972年、東京都生まれ。96年、CM出演をきっかけに本格的に役者としての活動をスタートさせる。今後の公開待機作には『ALWAYS 三丁目の夕日’64』(山崎貴監督、1月21日公開)、『東京プレイボーイクラブ』(奥田庸介監督、2月4日公開)、『ポテチ』(中村義洋監督、4月7日仙台先行公開、5月12日全国公開)、『莫逆家族』(熊切和嘉監督、年内公開予定)、テレビドラマ『運命の人』(TBS系)などがある。写真集『月刊MEN 大森南朋』(ポニーキャニオン刊)が発売中。
http://apache2001.co.jp/artist/omori_nao/
写真=ミズカイケイコ
森 鈴香(ジェイヌード)=インタビュー、文
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大森南朋 インタビュー
転んでも
今日だけ悩んで
明日を楽しめ
映画というものを
信じているから
その役の人物で居つづけられる。
感情も表情も行動も
すべて、自然に。
とびきり若い監督と
パワーを全開させました
「この作品が代表作みたいになってくれるとうれしいです。そろそろ、(NHK大河ドラマ『龍馬伝』の)武市半平太の呪縛から逃れたいです……」と苦笑いする大森南朋さん。「いつか一緒に仕事をしたい」と思っていた、信頼する映画プロデューサーの甲斐真樹さんからオファーを受け、主演をつとめた『東京プレイボーイクラブ』については特別な想いがある。
「甲斐さんが配給している作品はたくさん観てきてますし、『アイデン&ティティ』(田口トモロヲ監督)や『忘れられぬ人々』(篠崎誠監督)とか、知らず知らずのうちに作品にも出ていたんです。2010年に『照和 My Little Town KAI BAND』(フカツマサカズ監督)でナレーションをする機会をいただいて、久々に再会しまして、それから1年ぐらいで『東京プレイボーイクラブ』を撮りました。甲斐さんから『奥田庸介くんっていう若い監督と一緒に仕事しないか?』と言われまして、奥田くんが撮った自主制作の作品を観せてもらったんですけど、そこには若者ならではのパワーがみなぎっていたんです。そして、そういう今まさに“イケイケ”の監督と僕たちみたいな役者が一緒にやったらおもしろいことになるんじゃないかって感じました。甲斐さんも、そう思って僕をキャスティングしてくれたんだと思いましたし、即決でした。いろんな意味で、やっとこういう役をやれるときが来た、という感じでした」
奥田監督は1986年生まれ。72年生まれの大森さんから見ると14歳年下。本作が劇場デビュー作で、完成したときは24歳だった。
「僕なんか、気づいたらもう40なんですけど、キャストやスタッフのなかで自分がまだ一番若い世代だったころ、いろんなことに興奮していた記憶が、ふと甦ってきたんです。今や後輩の俳優がいて、同世代や年下の監督も増えてきて……。奥田くんなんて、とびきり若いでしょ。だから、いまどきの20代はどんなことを考えているのだろうって興味もありました。話してみると、僕らの世代が親しんできたクエンティン・タランティーノ監督やジム・ジャームッシュ監督の映画や、僕らより前の世代の『仁義なき戦い』(深作欣二監督)なんかを観ていて、そういう映画を作りたいって熱く語る。そうやって映画は時代をめぐっていく。本当にすごいですね、映画って」
年齢差のせいか新人ゆえか、撮影に入るまえは遠慮がちだったけれど、現場に入ると一変して一体感をもたらす存在となったという奥田監督。大森さんをはじめとするキャスト、スタッフ全員のあいだに「監督と一緒に映画を作ろう。この作品をおもしろくしよう」という空気が最初からみなぎっていたのだそう。
「そういういい流れが、なかなかできない現場もある。だけど今回はみごとでした。奥田くんは、はりきりすぎて途中で熱を出していたけど……(笑)。彼は描きたい想いをとても強く持ってる監督で、それが僕たちにもまっすぐに伝わってくる。だから僕もどういうふうに芝居をつくっていくか、たくさん話をしました」
大森さんの提案で監督が用意していたラストシーンと別のパターンも撮って、最終的な選択は監督にゆだねたというエピソードも。
本作で大森さんが演じたのは、人生、負のスパイラル真っただ中の男、勝利。喧嘩が原因で地元の職を追われ、あてもなく東京に流れ着いた勝利は、光石研さん演じるかつての仲間が経営するさびれたサロンに身を寄せる。しかし感情の暴発が止まらず次々と問題を起こす日々。感情のおもむくままに暴れて、キレて人を傷つけても何事もなかったかのように平然としている勝利の姿は、その身体全体から発せられる感情の起伏の激しさが印象的に映る。
「そういう極端なシーンは何度かあります。それは彼のような男でもウマそうに食事をしたり、ふつうの日常を送っているということを観客に伝えようとする監督の意図だと感じたので、そういうリズムを大事にして演じました。映画では昔から、暴力って欠かせない要素。観客を興奮させるエンターテインメントですよね。僕もバイオレンス映画はわりと好きですよ。誤解を恐れずに言うと、映画のなかで暴力的な表現をするのは気持ちがいい。もちろん実際に殴るわけじゃないですよ。怒りを表現する芝居をしていると、興奮が高まって、あるとき感情のたががはずれる。自分のなかで起きるそういう現象を感じるのが、気持ちいいんです。とはいえ、ふだんは暴力をふるったりしませんが!(笑)」
そして、勝利を演じたときの気持ちを反芻するようにつぶやく。
「でも暴力って殴られるほうだけじゃなく、殴るほうも傷つくんです……」
“オジサン”にもまた
未知のおもしろさが…
勝利ほどでなくても“負のスパイラル”に陥ってしまう経験は、だれしもが長い人生の途中で、少なからず味わうもの。
「僕は20代のころ、役者としては食べていけなかった時期。自分が何者でもないような気持ちをかかえながら、電車に乗ってアルバイトに通う日々でした。あんまり考えすぎてはいなかったですけれど。落ち込みそうになると、すぐ酔っぱらっちゃったりして(笑)。負の方向に考えはじめると、きりがないし。だから、ほどよくバカでいることも大事なんじゃないかなって思ってたんです」
20代でその境地に至っていたことに驚くけれど、大森さんはたくさんの映画や音楽にふれていくうちに、なんとなく気づかされたのだそう。そして「そうはいってもやっぱりどこかでは悩んでいて、完全に抜け出すには時間がかかるものです。今だって、ずっとうじうじ考えていることもありますし……。もう、この話はやめましょうか!」と、てれくさそうに笑って視線を落とした。
まもなく40歳を迎える。そんな1年の抱負を問うと「いやいや、今年も変わらずやっていきます」とニヤニヤ。
「ただ、やっぱり40代は楽しみです。身体の衰えもそろそろ感じはじめるだろうけど、だからこそ楽しまなきゃ、と。40代にしかできない役もあると思いますし。これまでは、まだ青春っぽい作品へのオファーもありました。これからは少しずつオジサンらしい役になっていくんではないかなと。そこも楽しみなところです。それにしても、30代はいろんなことがありました。役者としての仕事をたくさんいただいて、すごく充実していましたけど、『だまされた!』と思うこともあったり(笑)。ただ、何事も人生経験で勉強になりました。30になるときもそうでしたけど、30代でやってきたバカな生きざまをもって、40代ではおなじ失敗をしないようにしないと。自分がなにを求めて生きているのか、まだわからないですけど、生きつづけることで、なんらかの答えを探しているんでしょうね」
ただ、最終的には年齢は関係ない、と感じている。カッコいいひとは、何歳になってもカッコいいから。“生き方とか、考え方とかに、ちゃんとこだわりをもって生きてるひと”、そして“人間っぽいひと”。それが、大森さんがあこがれるカッコいい生き方。
「強いこだわりを貫いてきて、いい年になってから、それとは全然ちがうことをしちゃったりするひとも僕は好きです。ちょっとかわいいじゃないですか?(笑) それもまた、カッコいい。小林薫さんや今回共演した光石研さん。そして、うちの親父」
想いを語りながら面はゆげな笑みを浮かべたり、「なんて言っちゃったりして」と自分を茶化したり。でもインタビューの最後、尊敬するひとについて語る瞳は、やさしく、そして誇りに満ちていた。
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