神永正博さんインタビュー

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統計学によるデータの分析をもとに、予測されうる未来を検証する話題の書『未来思考』。「東洋経済」書評ほか各メディアで注目を集め、売れ行きも絶好調です! そこでこの本の創作のポイントや執筆・調査時のエピソードなど、著者の神永正博先生にうかがってみました。

★今回は『不透明な時代を見抜く「統計思考力」』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の続編という位置づけになるそうですが、前作とはどういう点で違いがありますか?
『統計思考力』は、統計を通して、社会問題、経済問題をどう読むかという点に主眼があり、いわば教科書的な書き方になっています。 『未来思考』では、教科書ではなく、統計思考力で日本の現状とこれからを見るとどう見えるか、という点に主眼があります。確率・統計の説明も最低限は行いましたが、この点が最大の違いですね。

★本書で目指されたのはどういうことでしょうか?
できるだけきちんと統計的、学問的な証拠を積み上げていって、ここまではほぼ間違いないだろう、という線を引き、冷静な議論を行うためのプラットフォームを構築することです。 議論というと、対立して闘う、といったことが連想されるかもしれませんが、みながみな、対立に耐えられるほど精神的にタフなわけではないでしょう。   たとえ学問レベルの話であっても、論戦はとても消耗します。 みなさんは、「学者は冷静に議論している」と思われるかもしれませんが、実際はそんなことはありません。 自説を否定されれば怒りますし、辛辣なことを言われればがっくりします。 私も、ニュースを見ると怒ってばかりいます。こんなことが許されていいのか! などと思うことはしょっちゅうです。全く冷静になれていません。 人間は感情の動物です。 データをいきなりぶつけられるとびっくりしますし、感情的な抵抗も出てしまいます。できるだけ気持ちを汲み取りながら、どう書けば抵抗なく事実を伝えられるか。これが大問題なのです。事実を受け入れられるように書くこと。これが目標です。本書でこれが果たされていればよいのですが。

★“統計学で未来を予測する”という、ある意味大胆なテーマではありますが、執筆にあたって、どのような点に苦労されましたか? また、どのようなことに工夫されましたか?
私の予測は、非常に慎重なスタイルです。予測の多くは、既存の学問分野で行われていることを整理しただけ、ともいえます。 しかし、予測はあちこちの学問分野でバラバラに行われているので、まとめて見るとどうなるか、ということはあまり書かれていません。 統合作業を行うには、そうした学問領域を横断する必要があります。ここは意外に難しいところで、専門家の立場ではあらすぎると思われる分析でも、普通の人が読んだら細かすぎるということがありうるのです。このギャップを埋めるのが、執筆時間の半分近くを占めたと言っても過言ではありません。

★本書で、特に読み手に伝えたいと考えていることは何ですか?
「現実を知ることは、心の平安と両立する」ということです。 データ満載の本らしくない話なのですが、本書を読んで、読者の気持ちが癒されるといいなあ、と思っています。 報道の影響かと思いますが、少子化と聞いたら、「これは問題だ!」と思うような回路が、みなさんの頭の中にできてしまっているのではないでしょうか。まるで、山と聞けば川、と答えるように。これは、いわば頭が凝っている状態ではないかという気がします。本書で、コリをほぐしてもらえたら、と思うのです。 日本の状況は、もちろん大変ではあるのですが、「問題」をよく見てみると、部分的には仕方のないこともあるなあ、と。 そう思えると、ちょっと気が休まるような気がします。少なくとも私は、調べてみて、そう思う部分がたくさんありました。ある程度、現状とこれからを冷静に受け入れた上で、「さて、本当の問題はなんだろう」というふうに、建設的な議論ができるようになったら嬉しいですね。

★この本では「少子化」「都市化と労働問題」「大地震」などを統計学をベースに、人口学、経済学、地震学等の知識情報を用いながら、日本の問題点を追及する形式になっています。執筆を進められていて、特に“これは世論と違う”と思われたのはどういう点でしょうか?
一番意外だったのは、地震の確率です。 私は、東京一極集中の最大のリスクは、関東大震災級の地震が近いうちにくることだと思っていました。 都市化の話を書いた後に、地震で東京が壊滅するのではないか、と予想し、論文を調べ始めたわけです。 そうしているうちに瀬野さんの論文に行き当たり、昔勉強した地震学の教科書を引っ張り出して、論文と突き合わせてみました。僕が勉強した地震学の知識はだいぶ古くなっていて、最先端の地震学の結果を勉強しなおす必要があったのです。そこでだんだんわかってきたのは、どうも僕が思っているほど、ここ20年程度の東京壊滅のリスクは高くないぞ、ということです。 そこが一番びっくりしましたね。

★「少子化」の項で、過去にルーマニアがとった人口増大政策を一例として挙げていますが、現在民主党が提案している「子ども手当」は、少子化対策に効果があると思いますか?
一時的なものであれば、効果はほとんどないのではないでしょうか。金額にもよるでしょうが、数十年単位で継続するのであれば、若干の効果はあると思います。 本書では、東西ドイツの例を挙げていますが、重要なのは「安定性」で、いつ終わるかわからないような不安定な制度ではだめだろうと思いますね。 ただ、これは個人的な見解ですけれども、政府が子どもを何人持つかというような個人の生き方に、そういう形で介入するのは、あまりよいことではないように思います。

★「労働問題」の項で、非正規雇用の増加とその経緯、そして労働格差に関して言及していますが、前作にもある通り、小泉改革が格差を拡大したわけではありません。が、非正規雇用は確実に増加しています。この解決策の一つとしてベーシック・インカムを導入すべきとの声もあがっていますが、これに関して、どのようにお考えでしょうか?
非正規雇用の話もそうですが、今のまま進むと、日本がたちゆかなくなるのはほぼ時間の問題だと思います。 今後、仕事を求める人の多くに仕事が与えられなくなる可能性は予想以上に高く、思い切った解決策が必要になるのではないかと推測されます。 そんな中、ベーシック・インカムは有力な解決策の一つだと思います。 ベーシック・インカムというのは、誰でも一律に生活可能なだけのお金がもらえる制度ですね。 生きているだけでいい。子どもが生まれたらその分増える。子ども手当とは違いますが、ここでは同様の効果が得られるでしょう。少子化も解消されるかもしれません。 誰でも一律ですから、給付の条件などを審査する必要がなく、行政的な負担は非常に小さなものになります。ここはとても重要なポイントです。 ただ、これで人間が皆幸せになるかというと、これはまた別問題ですね。 本書でも、”相対的はく奪”(※編注:人並みの生活ができない状態を示す概念のこと)の話が出てきますけれども、ようするに人間は「人並みの暮らしがしたい」という欲求を根源的に持っていて、社会全体が豊かになっても、やはり苦痛を感じる人はある割合で存在し、しかも彼らの苦痛は、途上国ですごく貧しい状態で感じる苦痛と、大差ないのかもしれないのです。 価値観の大転換を迫られますから、ほとんどの人はすぐに納得できないでしょう。その摩擦がどの程度なのかも未知数です。 このような気持ちの問題は、長い時間をかけて考える必要があります。ベーシック・インカムは、最も議論の価値あるアイデアのひとつですが、私自身、じっくり考えてみたいと思っています。

★本書を拝読していて、日本社会に流布している情報は感情や情緒によって大きく左右されている、だから数式やデータという統計的視点でもう一度見直してみよう、という著者の意図が強く感じられます。なぜ、私たちはこのように情緒的なものの見方をしてしまうのでしょうか?
私たちがデータで議論できるようになってから、それほど間がないからだと思います。 これは、例えば、多くの人がダイエットが苦手だということと似ているのではないでしょうか。 人類の歴史からすると、食べ物が足りないという状態の方が、圧倒的に長かったわけです。 そうした状態では、とにかく食べ物があったら食べてしまう方が、生き残れる確率が上がったはずです。 腹8分目などといっていたら、今度いつ食べ物にありつけるかわからず、下手をすると餓死しかねないからです。 有り余っている状態に慣れていないのは当然でしょう。これと似たメカニズムが働いているのではないかと思います。 歴史的に見れば、データに基づいて議論できるほどデータがなかった時期の方が、ずっと長かったわけです。今から20~30年前でさえ、統計的に議論できるのは、そうした情報にアクセス可能な役人や学者だけでした。普通の人は事実上、ほとんどデータなど知らなかったのです。そうした状況では、感情と情緒で意思決定することが合理的だったのではないでしょうか。

★最後の質問です。本書のエピローグにあるように、今の日本に必要なのは「変化する力」とあります。現状、出版界も、webの台頭や電子書籍の登場などで苦境に陥っていますが、著者側として、今後出版界はどのように「変わっていくべき」とお考えでしょうか?
本を出版するには、企画、執筆、編集、校正、デザイン、内容のチェック、そして、プロモーションと流通システムが必要です。本のブランディングを担当するのも出版社でしょう。著者に催促するのも出版社の仕事ですね(場合によっては、著者を元気づけたりしながら、最後まで書かせないといけません。大変な仕事です)。 電子書籍が一般化すれば、流通システムの役割は徐々に小さなものになっていくでしょう。クリックしてダウンロードするだけですから、流通コストはほぼゼロです。 ただ、他の部分は誰かがやらなければなりません。企画、執筆まではよいとしても、内容を適切に構造化するには、編集者の力が依然として必要でしょう。中には、書いたことがそのまま本になるくらい文章力のある著者もいらっしゃると思いますが、数は少ないでしょうし、執筆に集中する方が全体として効率が高いと思います。著者がプロモーションをするのも、なかなか難しいでしょう。プロモーションは出版社の仕事であり続けるのではないでしょうか。 ただ、企画、執筆、編集、校正、デザイン、内容のチェックは、個人で分業できるのではないかと。水平分業が進み、フリーランスになる人が増えるのは間違いないでしょう。 書籍出版社の役割は、プロモーションとブランディングに集約されてゆくような気がします。 ただ、何でもプロモートしすぎれば信用を失い、ブランディングもうまくいきませんから、最終的には、どんな本を出したいと思うか、プロモートしたいと思うか、という出版社の「思想」が一番重要になるのかもしれません。 それは、実は出版社の仕事の本質なのではないか、という気がします。