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バリアフリー 2005年6月15日号
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レインマンTKの研究開発チーム。前列左から矢野さん、村田助教授、吉松助教授。後列左からプログラマーの薬師寺聖さんと薬師寺国安さん、大学院生の藤吉賢さん。レインマンTKは今年3月に米国で開催された、世界最大の障害者支援技術コンベンションでも注目を集め、英語版とスペイン語版も検討されている。
文・写真 中和正彦
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工学者と教育学者と利用者の連携で
自閉症児らの生活支援ソフトを開発
「息子は朝の着替えからして、言うことを聞いてくれなくて大変でした。でも、これを使ったら、目標時間内に着替えてくれるようになりました」
自閉症の息子(11歳)を持つ矢野佳子さん(愛媛県松山市)はそう語る。効果を上げたのは、愛媛大学総合情報メディアセンター(CITE)が開発した「レインマン・ツールキット」(以下レインマンTK)という、時間管理が苦手な子のための生活支援ソフトだ。
自閉症の子は、「音声言語による意思疎通が難しい」「時間を念頭に置いた行動が難しい」という面がある一方で、「視覚情報が伝わりやすい」という特徴がある。例えば「早く着替えて」と口で言うのではなく、「着替え」を描いた絵カードを、5分なら5分という具体的な時間を視覚的に訴えるタイマーと一緒に提示するのが有効な方法とされ、自閉症の子を持つ親の間では普及していた。
レインマンTKはいわばこの「絵カードつきタイマー」のデジタル版で、矢野さんはPDAに搭載して利用している。着替えなど日常生活で行う動作を100点以上の画像から選び、目標時間を設定してスタートさせる。すると、丸の数が点滅しながら減っていき、時間経過が示される。着替え終えた子が「できた」ボタンをクリックすると、「やったね!」とヒマワリの絵が笑顔でほめてくれる。
ソフトの導入が親子の
コミュニケーションも改善
開発者の代表である村田健史CITE助教授は、本来は宇宙情報工学が専門。「目の前の人間を相手にする研究もしたくて」と、IT技能を生かして福祉情報工学にも取り組みはじめた。レインマンTKの開発は3年前、矢野さんと福祉関係の催しで出会ったことから始まった。
矢野さんから「自分で絵カードを描いたりタイマーと一緒に持ち歩いたりするのは面倒。IT技術で何とかなりませんか」と言われた村田さんは、PDAで実現できると即答し、さっそく試作した。子どもの注意を引きつけることには一度で成功した。
しかし、機能を高めて複数の子に試用してもらったとき、システムのフリーズで、ある子どもがパニックを起こすという事態を招いた。予期せぬ出来事に弱いという特徴もある自閉症児には、高機能よりも安定性が第一だと思い知らされた。
これを機に村田さんは本格的な研究開発を決意した。自閉症など発達障害を持つ子の自立支援を専門とする吉松靖文助教授(愛媛大学教育学部)を共同研究者に迎え、プロのプログラマーや矢野さんにも加わってもらった。吉松さんからは、最初にこう指摘された。
「この道具の目的は、子どもを意のままにコントロールすることではなく、子どもと大人との間のコミュニケーションを改善することだと思います」
やがて矢野さんから、吉松さんの指摘を裏づけるような報告があった。
「以前の私は、いろいろ工夫してもなかなか指示が伝わらない子どもを、つい『早くしなさい』とせき立てたり、『なんでできないの』としかったりしていました。これを使うと、息子が注意を向けて時間内にやろうとする姿勢が見えるので、できなくても努力を評価してあげられるようになりました。おかげでずいぶんお互いの関係が良くなりました」
村田さんは、「技術系の研究者にない視点の提示に目からうろこが落ちる思いがした」という。
現在、村田さんら技術陣は、機能の追加とともに、カスタマイズの簡易化に取り組んでいる。自閉症児の様態は千差万別だからだ。一方、自閉症以外にも時間管理の苦手な子がいることを知る吉松さんは、利用者の幅を広げ、こう指導する。
「最初は親が子どもに指示を与えるための道具でも、最終的には子どもが自分のために使う道具にすることを目標にして取り組んでいきましょう」。これが現在の開発コンセプトになっている。
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