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バリアフリー 2005年8月15日号
自宅のベッドに据えつけたパソコンで、テレビを見ていた茜吏ちゃんに自己紹介すると、レッツ・チャットで「たなかあかりです」と返してくれた。好きな科目を問うと、「体育と音楽」という答えが返ってきた。
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文・写真 中和正彦
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電卓のように簡単で絶対にフリーズしない会話補助機器
滋賀県守山市の小学2年生・田中茜吏ちゃん(7)は阪神タイガース・赤星憲広選手の大ファン。観戦に行くと何度も「あかほしくーん!」と声援を送る。声を出すのは、車いすに取り付けた会話補助装置「レッツ・チャット」だ。父親の晋司さんは、「本当に自分の口のように使っています」と目を細める。
茜吏ちゃんは全身の筋力が衰えるウェルドニヒ・ホフマン病のために自律呼吸も難しく、人工呼吸器を装着するための気管切開で声を失った。手先はわずかに動くが筆記はできず、顔の筋肉が動かないために表情で訴えることもできない。
「茜吏は円形脱毛症になったこともあるんです。病院で怖い思いをしたり、求めているのと逆のことをされたりしても、伝えることができなくて、ストレスがたまった結果だと思います」と、母親のひとみさんは語る。
閉ざされたコミュニケーションの扉を開いたのはIT機器だ。両親は、手のわずかな動きを感知するスイッチを接続することによって、さまざまな障害者支援機器が使えることを知り、あいさつや「はい」「いいえ」の返事などを発する簡単な会話補助装置から使い始めた。幼稚園に持参して使うと、園児たちは「あかりちゃんがしゃべった!」と大騒ぎ。それ以来「しゃべれる子」と認識され、自然に友達の輪のなかに溶け込んだという。
現在使っているレッツ・チャットは、愛用のスイッチを介して文字盤の文字を選んだり、文字マスに登録した言葉を呼び出したりして、言いたいことを音声で出力させる。1件180文字までで、登録は60件まで可能だ。これですぐ発話できる語彙数が増え、単語レベルではない主語述語の整った発話もできるようになった。
多機能・高性能よりも
堅牢で安心して使える機器を
レッツ・チャットは、2003年に松下電器産業の社内ベンチャー制度で、「ファンコム」という会社を設立した松尾光晴さん(39)が、開発した。
開発のきっかけは、父親を筋萎縮性側索硬化症(ALS)で亡くしたことだった。この病気も茜吏ちゃんの病気と同様に、意思伝達の手段を奪うものだ。言い残したいこともあったろうに言えずに逝った父親の無念を思う気持ちから、松尾さんはALS患者のPC利用を支援するボランティア活動を始めた。そして、PCでは解決が見込めない問題にぶつかった。
「操作の難しさと“フリーズ”です。特にフリーズすると、患者さんは自分で回復できないばかりか助けを呼ぶこともできなくなり、だれかが気づいてくれるのを待つしかありません。それを恐れて、本当に必要な用件を伝えることにしか使わなくなったりもします」
そこで痛感したのが、「電卓のように簡単で安心感のある会話補助装置」の必要性だった。一念発起して起業した松尾さんは、レッツ・チャットの開発にあたって、多機能・高性能を追求しやすいOSの利用を捨て、電源を入れればすぐに立ち上がって絶対にフリーズしないマイコンを採用した。そのほか、車いすから落とした程度では壊れない堅牢性の確保など、機械のトラブルでコミュニケーションが断たれる可能性を徹底的に排除して、どこにでも安心して携帯できる装置を追求した。
茜吏ちゃんの両親が語るレッツ・チャットの利用環境はハードだ。
「大縄跳びをしているお友達に『入れて』と声をかけたときは本当に驚きました。私が介助するのですが、どうしろと言うのでしょう(笑)。結局、車いすでは跳べないので通り抜けをさせてもらいましたけど」(ひとみさん)
コミュニケーションの拡大とともにアクティブになっていく茜吏ちゃん。語る両親も聞く松尾さんも、心底うれしそうだった。
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