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バリアフリー  2006年3月15日号その2

発表の写真

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メンタリング・デイに訪れた生徒たちに、シードセンターを紹介する同センター社員。緊張する様子もなく堂々と話せたのは、「研修の中で、常日ごろから皆の前で発表をする訓練をしていたから」とのこと。
社員と生徒の写真

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スキャナー機能つき大型コピー機の使い方を生徒たちに教えるシードセンター社員。同センターは昨年までに28人を研修し、そのうち4人は日本HPで働いている。内訳は、延長研修を受けている者1人、正社員1人、ISC契約社員2人。

文・写真 中和正彦

障害がある高校生たちに
就労への道を用意した日本HP

 知的障害養護学校に通う高校1年生が、アンケート結果をパソコンに入力する作業をテキパキとこなした。感想を問うと、得意げに「簡単でした」。引率の教師は、「もともとパソコン入力に興味がある子なのですが、こういう場で就労体験ができて、いっそうそういう仕事に就きたいという気持ちが強まったようです」と目を細めた。
 日本ヒューレット・パッカード(日本HP)が養護学校の生徒を招いて、一日職場体験をさせる「メンタリング・デイ」でのひとコマである。
 2005年末に開催された今年度のメンタリング・デイに参加したのは、東京都内の養護学校7校から知的障害がある生徒30人。会社や職場の説明を受けた後、「アンケート結果を入力する」「紙の契約書をスキャニングしてPDFファイルに変換し、タイトルをつけて保存する」「コピーした資料を順序どおりに整えて封筒に収める」の3つの作業を体験した。
 生徒たちを指導したのは、シードセンターという部署で働く障害がある社員たち。同センターは、障害がある若者を契約社員として1年間雇用し、どこに行っても通用するビジネスマナーとIT化した職場で働く基礎技能を身につけさせて、社内外に送り出すというユニークな就労支援を行っている。
 入社9カ月目の同センターの社員たちは、スーツ姿も社会人の言葉遣いもすっかり板についていた。ある社員は、興味津々の目を向ける女子生徒2人に対して、きまじめな表情を崩すことなく、丁寧にスキャナー機能つき大型コピー機とつながったパソコンで、契約書を電子化する作業を説明していた。それと聞かなければ、知的障害があるようには見えないが、物事にまじめに取り組む姿勢がよく表れていた。下肢に障害がある社員は、生徒たち一同にこう語りかけた。
 「私はここでワードとエクセルや事務職の経験ができて、今後仕事をしていくうえでの土台ができたと思います。皆さんにも、ここでさまざまな業務や研修をして、仕事をすることへの自信を身につけてほしいと思います」

仕事への高い評価
社内からの依頼も激増

 日本HPの場合、新卒正社員の採用基準は高専卒以上。それだけでは、常用雇用労働者数の1.8%以上と法に定められた障害者雇用を達成できない。そこで01年にシードセンターを開設した。たくさんの栄養を吸収して自分の意思と力で芽を出そうとするシード(種)を支援したいという思いを込めた名前という。
 1年制の「働きながら学ぶ場」にしたのは、「10人を長期雇用するよりも毎年10人を育てて社会に送り出す方が、多くの人にチャンスを与えることになる」という考え方からだったという。
 そして、この取り組みが軌道に乗り始めた03年からメンタリング・デイを行うようになった。養護学校から依頼される高等部2~3年生の本格的な職場実習も積極的に受け入れた。04年には、即戦力になる障害者を契約社員として雇用し、各部署に派遣する「インターナルサービスセンター」(ISC)を設けた。
 これにより、メンタリング・デイに来て、ITを活用した仕事に興味を持った養護学校の生徒が職場実習を受け、シードセンターに就職して基礎力をつける。さらに選考を経て、ISC契約社員として日本HPで働き続けることもできるという道筋ができた。就労を希望する障害者に対してこのように多様な取り組みを行っている企業は珍しい。
 「シードセンターでは社内から依頼される仕事を通して学ぶのですが、最初のころは各部署を回って仕事を出してくれるようお願いしていました。それが今では、センターの社員の仕事の評価が高まって、お断りしなければならないほど依頼が来るようになりました」
 一連の取り組みに携わってきた渡辺綾さん(ダイバーシティ・キャリア推進部)は、うれしい悲鳴を上げる。実際に雇って働いてもらうことが、社内での障害者就労への理解を広め、さらなる障害者受け入れ策を可能にしてきたことがうかがわれる。