今月のおすすめ記事  2006年10月号その1

若年労働の現場1

[コンビニ店員]

消費と労働による「自己実現」の果てに

新 雅史 東京大学大学院博士課程

あらた・まさふみ 1973年生まれ。2000年、明治大学法学部卒業。専門はスポーツ社会学、産業社会学。主な論文に「企業スポーツの歴史社会学」(『ソシオロゴス』28号)、「『東洋の魔女』――その女性性と工場の記憶」(清水諭編『オリンピック・スタディーズ』所収)など。本誌4月号に「フィットネス化する社会」を寄稿。

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 セブン―イレブンが日本国内の第1号店を出店したのは、私が生まれた翌年、1974年のことである。その後、およそ30年の月日のあいだに、わが国土は、4万店とも5万店ともいわれるコンビニエンスストアに埋め尽くされた。
 コンビニ業界は、「あるといいな、がある」(「am/pm」の宣伝文句)を消費者に提供するため、長時間営業の店舗を、毛細血管のように全国に張り巡らせてきた。こうしたことが可能だったのも、多くの若者がコンビニで働いたからである。日中の営業であれば既婚女性のパートでまかなえる。しかし夜間にわたる営業をおこなうには、柔軟な働き方ができる若者が必要不可欠であった。
 若者たちはなぜコンビニで働こうとしたのか。理由の大半は、自由になる金を得るためだった。既婚女性はパートで稼いだ金を教育費など家族単位の消費に使う。一方、若者たちはアルバイトで稼いだ金を個人単位の消費に使う。90年4月24日付の朝日新聞朝刊(千葉版)にはこんな記事が掲載されている。

 「現代学生事情 バイトで楽しく大学生活(イン・キャンパス)」
 (前略)求人広告雑誌「フロム・エー」編集部によると「生活費を得るためにアルバイトをする学生は少ない」らしい。
 アルバイト料の使い道は伊藤さんの場合、洋服代や旅行費、飲食費。足りない分は親に「貸してもらう」が返さない。「フロム・エー」の昨年4月の調査では、支出先のベスト3は男子学生が「車、遊び、バイク」、女子学生が「海外旅行、遊び、国内旅行」。(後略)

 高度成長期に都市へと移り住んだ両親を持つ大学生たちは、実家の資産価値が上昇していくのを横目に、コンビニのアルバイトで小金を稼ぎ、消費を通じた自己実現にはげんだ。コンビニもまた、若者たちのための日用品を店頭に揃えることで、「消費する若者たち」の生活インフラとして機能した。
 だが、現代の若者は、そんなのんきな立場に置かれていない。少子高齢化にともなう税・社会保険料の負担の増大など、将来に対する不安感が増幅するなかで、コンビニで働く若者たちの実態はどのように変化しているのか。以上の点を、地方都市のコンビニの労働実態から明らかにしてみたい。
 取材対象は、主に私の両親が経営する北九州市のコンビニ店である(以後「Z店」と呼ぶ)。Z店が開店したのは、94年だ。私の両親は以前、酒屋を営んでいたが、安売り店やスーパーマーケットなどの台頭で経営が苦しくなり、コンビニへと業態転換した。ここでは、私の両親に対する長時間の聞き取り、および両親の店で働くアルバイトへの聞き取りをもとに執筆した。

賃金は最低水準
 まず近年の変化としてあげなければならないのは、以前に比べて若年のアルバイトの確保が困難になったことである。私の両親によれば、7、8年ほど前までは、求人誌に募集を出すと30人は応募がきていた。だが、最近は、2週間の掲載期間で5人ほどしか応募がない。そのうち2人ほどはアジアからの留学生だという。求人誌の掲載はスペースがもっとも小さくても2万円かかるので、人が集まらないからといって、何度も掲載することができない。
 なぜこうしたことが起きているのか。06年度の労働経済白書は、ここ数年、非正規雇用が小売業やサービス産業から製造業・建設業へと急速に拡がっていることを指摘している。04年に改正された労働者派遣法によって、製造業の生産工程への労働者派遣が解禁されたためだ。製造業や建設業の非正規雇用は、以前は農村からの出稼ぎの中高年が多かったが、最近は若者にまで拡がっている。  加えて、介護保険導入による医療・福祉分野においても非正規雇用者が急激に増加している。この影響も大きいだろう。少子化が急速に進行していくなかで、あらゆる産業が、低賃金の若年非正規労働力を競って奪い合っている状況である。
 賃金は通常、労働力の供給が逼迫した際、上昇することが考えられよう。だが、コンビニに限れば、そうした対策をとることは難しい。
 なぜか。多くのコンビニは、フランチャイズ契約にもとづく家業的経営である。フランチャイズ契約とは次のような仕組みである。コンビニ本部は、加盟店に対してチェーンの営業権利の付与、商品開発、宣伝、経営指導などをおこなう。その見返りとして、本部は加盟店に対して、ロイヤルティー(売り上げに応じた額)を請求する。たとえば、セブン―イレブンのAタイプ契約(土地・建物自己所有)の場合、ロイヤルティーとして、利益の43%を本部に支払うことになっている。
 フランチャイズ契約では、人件費はオーナー(店舗経営者)側の経費とされる。よって、アルバイト給与のわずかなアップでもオーナーの生活を直撃してしまう。日本フランチャイズ協会によれば、加盟コンビニエンスストア11社の06年5月の既存店売上高は、22カ月連続で前年実績を下回っている(6月は税の値上がりに伴うたばこの駆け込み需要で前年度実績を上回った)。100円ショップ、スーパーマーケット、ショッピングセンターと、競合する小売店が次から次へと現れるなか、コンビニ店にはアルバイトの賃金を上げる余力はほとんど残っていない。ちなみにZ店の時給は、昼間648円、夜間810円と、福岡県の最低賃金である。なかなか若者が集まらないのも、当然と言えば当然である。
「夢」の対極にある労働
 といっても、低賃金はコンビニに限った話ではない。表1からわかるように、ケーキ店の販売スタッフ、歯科助手、介護士といった職も、賃金が低く抑えられている。ただし、こうした職場がコンビニと異なるのは、そうした職業で働くことに対してポジティブな意味づけがされていることだ。
 求人誌には次のような宣伝文句が連なっている。「笑顔溢れる環境でやりがいをもって働きませんか?」(ケアセンター)、「洋菓子学校に通うより、絶対ウチに来た方がイイですよ~! しっかり、且つ早く身につきます(^^)」(ケーキ店)  ここからわかるのは、医療・福祉職は「やりがい」という論理で、趣味と労働が密接に繋がっている雑貨・服飾関係は「夢を追求する」という論理で、低賃金を正当化しているということだ。
 哀しいかな、コンビニ労働は安い給与をカバーできるほどの宣伝文句に恵まれていない。介護職などが「やりがい」や「夢」を打ち出せば打ち出すほど、コンビニの「目的のない労働」が浮き彫りになってしまう。
 では、若者の労働力がなかなか確保しづらいなかで、コンビニ経営者はいかに店舗運営をしているのか。私の両親は、次の二つの戦略をとっていた。

(1)外国人・中高年労働力を慎重に活用する
(2)アルバイトと個別的な関係を築くことで、人材を確保する

 まず(1)を説明しよう。
 これまでZ店では親元にいるフリーターか大学生・専門学校生を主に雇い入れていた。高校生や素性がよく知れない中高年や外国人だと、内引き(アルバイトによる不正行為)をされる可能性があるからだ。
 10年ほど前、Z店は、当時いたアルバイトのほぼ全員から内引きをされている。コンビニは、化粧品などの高額商品も数多く抱え、店員による不正行為は際限がないため、気づいたときには莫大な額に上ることが多い。Z店もその例に漏れず、被害金額はおよそ300万円に上った。両親はそうした経験から、学生以外はなるべく採らないようにしてきた。
 「大学生ともなると、親や学校にバレるのが怖いから、あまり不正はしない。だけど、あまり成績が良くない高校の生徒とか、一人暮らしのフリーターとかは、不正をする可能性が高い。コンビニは、そのあたりの人の管理が難しい。アルバイトに対してずっと監視するわけにもいかないし。だから、高校生、身寄りのない中高年の人、外国人は怖くて、なかなか雇い入れることができなかった」(店長)
 だが、若者がなかなか集まらない今日、中高年や外国人を拒むことは難しい。その代わり、なるべく注意を払って彼らを管理しようとする。店長である私の父親は、アルバイトによる不正事件以来、バックヤード(店舗の作業スペース)に監視カメラを置くなどして、アルバイトを監視しつづけている。
 次に(2)を説明しよう。
 私の両親は、中高年や外国人を雇い入れる一方で、アルバイトと個別の関係を築くことによって、なるべく職場に定着してもらうよう試みている。
 表2は、Z店の06年7月の標準的なシフト表である。
 このシフト表を見てみると、数少ない人間によってシフトの多くが埋められている。
 シフトの多くを埋めているAさん(女性・20代後半)・Hさん(男性・50代後半)はZ店で働きはじめて7年ほどたつが、そのあいだの時給のアップは30円でしかない。にもかかわらず働きつづけるのは、私の両親が彼らと個別に親密な関係を築いているからだ。  「アルバイトの給料を上げたいといつも思っている。だけど、給料を上げると、業績が傾いた時にマズいことになる。代わりと言っては何だが、業績が良いときに特別ボーナスをあげたり、Aさんであれば、携帯電話が壊れた時に新製品をプレゼントしたりしている」(同)
 つまり、アルバイトと個別の関係を築くことで、給与面でのネガティブ要因をカバーしようとしているわけだ。
 アルバイトとの個別の関係に付け加えて、親類からも人員を確保している。
 Dさん(男性・20代前半)は、私から見れば父方のいとこである。彼は、大学に通いながら、ほぼ毎日アルバイトに励んでいる。「僕のお母さんとおばさん(注・私の母親のこと)が電話で話しているときにアルバイトの誘いがきた」。父からすれば甥っ子だから、急なシフト変更など、ある程度の無理を聞いてもらえるメリットがある。
 ちなみにDさんは、学費は親に出してもらっているが、生活費を含めた必要な出費はすべて自分で負担している。アルバイト代の多くは、自宅から大学までの交通費と授業で使う教材費に消えていくそうだ。余った金は貯金に回すという。Dさんは、90年当時の大学生たちが追い求めた「消費による自己実現」と相当にかけ離れた生活を送っているようである。
疲弊した若者の「休息地」
 ただ、こうした個別の人間関係のみで、人は低い給与を受け入れることができるのか。低給与だけれどコンビニで働きつづけてしまう構造があるのではないか。先ほどのAさんに対するインタビューからそれが垣間見えた。
 Aさんは、短大を卒業して熱帯魚販売店に勤めていた。だが、そこでの職場環境は非常に悪かったという。熱帯魚店では、水槽のヒーター代を浮かせるために、夏場にもストーブを焚いていた。体を壊してしまったAさんは、とりあえずの「つなぎ」としてZ店で働きはじめた。コンビニを選んだのは「ラクそうに見えたから」。
 アルバイトをはじめた時、思ったより仕事量が多いことに戸惑った。それでも前職に比べるとマシなのは確かだった。Aさんは徐々にシフトの日数を増やしていき、気づいたら週6日アルバイトをしていた。給与は月13万円程度にしかならないけれど、熱帯魚店も似たような給与であった。
 Aさんはほとんど転職を考えたことがないという。コンビニのようなラクそうな仕事は他には見つかりそうもない、というのが理由である。
 昨今、熱帯魚店のように、人びとの趣味や嗜好を、労働に結びつける業態が多い。こうした職場は募集する時の宣伝文句は素晴らしいが、労働環境がしばしば苛酷である。「労働を通じた自己実現」というゲームから降りなければ、身体を壊すなどひどい目に遭う。それに気づいたからこそAさんは「ラクそうな」コンビニを続けているのである。
 コンビニが社会に根づきつつあった70年代から80年代は、若者たちの「消費を通じた自己実現」が花開いた時代であった。小売業・サービス業はアルバイトの働き口を次々と作り出し、若者たちもそれに飛びついた。アルバイトで可処分所得を得た若者たちは消費で自己実現を図ろうとした。
 しかし今では、「消費を通じた自己実現」は、資産に恵まれた若者たちに限定されつつある。代わりに浮上しているのが、「労働を通じた自己実現」である。その場かぎりの消費ではなく、将来の自分に直結した労働によって、自己実現を図ろうというわけだ。だが、本特集で阿部真大氏が「気力と体力勝負の『聖職』」(192ページ)で示しているように、「労働を通じた自己実現」は、労働に対する懸命さゆえに、しばしば身体を壊すまで働きつづける罠におちいる。コンビニは、そうした労働で疲弊してしまった若者たちの一時の休息地として機能している。
 若者の労働は、労働を通じて自己実現を図ろうとするか、そこから完全に降りて「ラクそうな」低賃金労働で我慢するか、の二つの方向に分岐しつつある。どちらの方向に進もうとも、先行きが明るくないのは、当事者たちもよく知っている。だが、「躁か鬱か」の労働世界から逃げようとすれば、他者から「ニート」とけなされる。現在の若者たちに逃げ場はほとんど残されていないのである。
 注意すべきは、そんな若者たちを雇うコンビニの経営者も疲弊していることだ。先ほども述べたように、多くのコンビニはフランチャイズ契約にもとづいた独立経営である。よって、経営がうまくいっていない場合、最大の経費である人件費を削るため、オーナーが店舗に出ずっぱりで働くことになる。ちなみに私の母親は、月曜日から金曜日の11時から夜20時ごろまで、63歳になる私の父親はほぼ年中無休で20時から深夜3時ごろまで働いている。彼らは、24時間店が回っていくようアルバイトを管理し、一家が路頭に迷わないよう懸命に働いている。
 コンビニという職場は、疲弊した人びとの集まりである。そして、誰が誰を搾取しているのかよくわからない職場である。アルバイトも犠牲者であるし、アルバイトを雇っているオーナーもまた犠牲者である。では、本部が加害者なのか? 消費者が加害者なのか? 私が思うに特定の誰かを悪者にしてもあまり意味がない。
 必要なのは、個別の不満を特定の他者になすり付け合うことでも、かといってコンビニというシステムを所与として受け入れることでもない。小売業の規制とその緩和、そのなかでのフランチャイズという形態の位置づけ、さらにコンビニで消費してしまう私たちの身体所作、こういったことを包括的に分析する作業が、今後は求められる。そこを問わない限り、疲弊した人びとが集う空間としてコンビニが社会に存在しつづけることだろう。

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