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今月のおすすめ記事 2006年11月号
森 千香子 南山大学外国語学部講師
もり・ちかこ 1972年生まれ。パリ社会科学高等研究院(EHESS)博士課程修了。専門は社会学。共著に『市民のアソシエーション』。
このところ「死刑」が飛び交っている。死刑確定は今年に入って12件、9月だけでも4件で、死刑確定囚は93人となった。5年前には54人だったことからも、死刑判決が急増しているのがわかるだろう。光市母子殺害事件などの凄惨な事件がクローズアップされ、「加害者の人権より遺族の感情を優先すべき」との声が高まり、8割以上が死刑を認めるという世論に後押しされ、死刑を「当たり前」と支持する論調は強い。
だが世界レベルでは、死刑制度は「当たり前」にはほど遠いのが現状だ。アムネスティの報告(2006年9月5日現在)によれば、あらゆる犯罪に対して死刑を廃止している国が88、通常の犯罪に対してのみ死刑を廃止している国(戦争犯罪などに対しては例外的に適用)が11、事実上の死刑廃止国(10年以上死刑を実施していないか、廃止に向けた手続きが行われている)が30で、法律上、事実上の死刑廃止国はあわせて129カ国にのぼる。世界の半数以上の国が死刑を廃止しているわけだ。
それに対し死刑存置国は68にとどまるが、いわゆる先進国は少ない。それどころか日本と並んで、イラン、イラク、北朝鮮、シリア、中国など、国際社会で「非民主的」と批判を受ける国が次々と名を連ねる。また存置国のなかでも、台湾では陳総統が死刑廃止の意向を表明し、韓国でも1997年以降、死刑は執行されておらず、死刑廃止に向けた取り組みが進められている。年々存置国は減り、廃止国が増えるのが世界的潮流のようだ。
アメリカは日本と並び、先進国ではめずらしい死刑存置国だが(連邦政府は存置しているが、州レベルでは北西部を中心に廃止や停止しているところも少なくない)、存廃をめぐる議論は活発だ。死刑執行は基本的に公開され、死刑囚や被害者の家族、警察官、検事、弁護士、マスコミなどが立ち会う。ティム・ロビンス、クリント・イーストウッド、アラン・パーカーなどの大物映画人による死刑をテーマにした映画も多く撮られて、市民が死刑を議論するのに必要な制度に関する一定の情報が共有されている。
それに対し日本は、死刑制度の情報が共有されているとは言えない状況にある。アメリカと違い、家族やマスコミが立ち会うこともなく、死刑はひっそりと秘密裡に行われ、執行日や執行された死刑囚の名前など多くの情報が公表されない。執行の状況も絞首刑だということ以外は公にされず、情報は関係者の匿名の証言にたよるほかない。
十分な情報を市民に与えないまま、犯罪の「凶悪さ」と犠牲者の遺族の感情にのみ焦点を絞るというきわめて歪んだかたちで、日本における死刑存廃の議論は行われている。もちろん遺族の権利やケアは非常に大切な問題であり、適切な支援が行われるよう一層の取り組みがなされなければならない。だが死刑制度について議論するなら、遺族だけでなく、死刑囚や執行人も含めた制度の全容を踏まえる必要があるし、それを知る権利がある。だが現段階ではこの知る権利が尊重されているとはいいがたい。
「世論の支持」は本当か
死刑存置の最大の根拠としてあげられる「世論の支持」にも注意したい。世論調査の設問「1. どんな場合でも死刑は廃止すべきである 2. 場合によっては死刑もやむを得ない 3. わからない、一概に言えない」に対し、2を選択した人が04年に81・4%いたというのだが、この設問の誘導性は国連人権委員会でも問題にされた。また、2を選択した人の中に「状況が変われば、将来的には死刑を廃止してもよい」と答えた人が31・8%いたことは見過ごされがちである。つまり「支持」のなかには、現在は「容認」しているが廃止にも前向きな人もかなりいると考えられる。
ところでヨーロッパでは、死刑廃止がEU加盟条件に盛り込まれるほど「共通の認識」となっている。だがこれらの国々においても当初、死刑廃止は決して自明ではなく、世論は反対のほうが多かった。こうしたヨーロッパの死刑支持から廃止への経緯に光をあてるイベント「死刑廃止をめぐるヨーロッパの経験」が10月15日から2週間にわたって、日本で開かれる。ヨーロッパが死刑廃止に至った道程と困難をテーマにしたシンポジウムが開催されるほか、大島渚監督「絞死刑」をはじめとする関連映画の上映が予定されている。くわしくは以下のサイトを参照してほしい( http://www.ifjtokyo.or.jp/)。
国連などで活躍する弁護士カレン・パーカーは89年、日本の刑事司法の問題点をまとめた報告書の中で、自白の強要から冤罪が多発していることを批判した上で、「日本における死刑判決の多くは、日本国民の誇りというよりむしろ恥である」と述べている。その後も日本の死刑をめぐる状況は、この国のイメージをよくするどころかきわめて悪くしているのが現実だ。「美しい国」をめざすと本気でいうのなら、この「恥」に向き合って、考えることから始めるべきではないだろうか。
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