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今月のおすすめ記事 2008年6月号
ネオリベ発・「左畜」経由・ 管理テクノロジーへの対抗言語 笙野頼子vs.ロジスティック
ポリフォニックに読む「だいにっほん」三部作
青木純一 文芸批評家
あおき・じゅんいち 1964年、兵庫県生まれ。早稲田大学大学院博士課程修了。「法の執行停止 森鴎外の歴史小説」で第44回群像新人文学賞評論部門受賞。メールマガジン「ハトポッポ批評通信」発行人。
「だいにっほん」三部作の舞台である「にっほん」国には大きな二つの特徴がある。作者はそれを「おんたこ」と「ろりりべ」という言葉で言い表す。にっほんの独裁者であるおんたこはもともと初期オタク文化の横領・弾圧者という設定だ。「おんたこ」は「おたく」の言葉の収奪である。この言葉の収奪という事態は、にっほん政府が社会を統治する際のひとつの重要な戦略である。おんたこがにっほんを支配している秘訣は、自分が専制的な権力者であるにもかかわらず、あくまでも「反権力」を詐称している点にある。言葉をすげかえることで独裁政権は、自分の統治の責任の所在を曖昧にごまかす。「つまりこのにっほんにおける反権力とはしいていえばそれは無責任な大権力の意であり、自己喪失の意味であり、また付け込みやすいところに付け込みながら被害者面をする事をただもう反権力と呼んでいるのである」(『だいにっほん、おんたこめいわく史』)。こうした言葉や記号の操作はまだ挙げられる。大事な言葉をカッコに括り意味を宙吊りにすること(「アート」「憲法」「近代文学」等)、同じ政党のくせに名称を複数持つこと(「知と感性の野党労働者会議」または「知と感性の野党労働者党」)。今、こうした記号操作による管理技術の展開を、記号による論理計算(記号論理学)を意味するロジスティックという言葉を借用してそう呼んでみる。作者がこのロジスティックに対抗する戦略は、一見言葉の収奪に似ているが本質は異なる言葉の変換である。そもそも「にっほん」という名称は何か。それを作者は以下のように説明する。「日本をにっほんと呼ぶ事自体で今の状況に対するスタンスを決定したこの言葉選びが。そう、この題で今の日本がもうなんだか変になっている、というところに焦点も合ったのだ。見えないものをひとつぼーっと影だけでも見せるために」(「言語にとって、ブスとはなにか」同書所収)。本来は見えるべき権力の責任所在を覆い隠す言葉の収奪に対して、作者は見えなくされた現実の姿を見せるためにパロディー的に言葉を創出する。ロジスティックに対抗する言葉のテクノロジー。
言葉の収奪に代表される記号戦略の奥でにっほんを動かしている欲望のあり方を、作者は「ろりりべ」と呼ぶ。もちろんこの言葉は、ロリコンとネオリベを掛け合わせたもの。ただし「ろり」は個人の性的偏向への非難ではなく生命の商品化の傾向を指す。「りべ」はもちろん市場経済至上主義のこと。ろりりべとは結局「ネオリベラリズムが極度にあつかましく、美学ぶってきた場合に発生するもっとも醜悪な経済のあり方」(『だいにっほん、ろんちくおげれつ記』)に他ならない。それは、社会の統治のために整えられた欲望の流通の共同的・政治的なあり方を指している。だがロリとリベを強引に結合するためには、個人の内面の更地化が前提とされる。この内面の無化こそが近代のテクノロジーだ。「火星人遊郭」は人間機械論が支配する内面更地化のロボット工場兼欲望市場である。このような欲望の備給戦術を、兵站術、つまり戦地での食糧等の輸送戦術を意味するロジスティック──先のそれと同じスペルだが別の語源──という言葉で呼んでみる。作者がこの第2のロジスティックに対抗する戦略は、歴史の中で抑圧された者達の悔しさと祈りを習合するための時空間の編成であり、その時空間を自己(および自己内他者)の内部で組織する多元的な内面形成である。作者はこのハイブリッドな内面から、外部(社会)への多様な分節を発見してゆく。『だいにっほん、ろりりべしんでけ録』でのマルクスのフォイエルバッハテーゼへの批判はここにかかわる。通貨と交通による欲望の二次元平面化のロジスティックに対抗する時空間の立体的編成と習合的な主体化(「権現」)のテクノロジー。
笙野頼子の作品の中でテクノロジーが果たす役割は『レストレス・ドリーム』におけるRPGの活用等からも明らかだが、その方法が国家をめぐる大きな社会的規模にまで展開した作品は『水晶内制度』である。この作品以降テクノロジーの問題は、宗教的思考の問題と並んで、作者の文学の中心問題となっている。「だいにっほん」三部作で描かれたにっほんの政治的・文化的状況は、私には単に現在のカリカチュアではなく、その管理テクノロジーをめぐる思考において、日本の近未来で起こりうるポピュリズムを装ったスターリニズムの到来をスウィフトばりの想像力で描き切っているように思える(そして実際この新たな管理体制はエセ左翼=「左畜」の側から生じうる)。重要な事は、ロジスティックとして展開するテクノロジーの傾向に対して、私たちは反テクノロジーという立場で抵抗することはできないという点だ。ロジスティックに抵抗するのであれば、私達は各々の立場からみずからの抵抗の戦略を、やはり技術的に、独自に磨き上げていかねばならない。それはテクノロジーの本質を、その近代的な意味から書き換えてゆくことなのである。
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