引き落としで勝負がついた後も両手を土俵につく白鵬に朝青龍は両手で背中と腰を押すダメ押し。怒った白鵬は立ち上がりながら、右肩をぶつける——。夏場所千秋楽、結びの一番はまさにいまの角界を象徴するようなぶざまな醜態をさらした。
昨年10月に発足した再発防止検討委員会(委員長、伊勢ノ海理事)に外部委員として参加した漫画家のやくみつる氏は視察後も発生する暴力事件をこう嘆く。
「部屋の視察といってもかなり形式的なものでした。行き過ぎた指導の現場を押さえるというものではとてもなかった。私としては、各部屋の親方に時津風部屋の出来事を自分の部屋に置き換えて(行き過ぎた指導をしないよう)注意喚起を促すことくらいならできようかと思っていました。しかし、残念なことにそれすらもかなわなかった。親方衆の中には昨年の事件を対岸の火事とさえ思っていない人がいるんですから」
やく氏は20年以上、相撲観戦してきた経験を生かして、相撲界の暴力的体質を改めようと委員として奮闘してきた。
だが、親方衆は悲劇の経験を共有しようとするどころか、何の反省もしていないというのだ。
それを象徴する事件が二つあった。
一つは陸奥部屋の傷害事件。陸奥部屋は元大関霧島が率いる部屋で、苦労人の霧島らしくアットホームな部屋と角界では囁かれている。その部屋で今年1月十両の豊桜(34)が生活態度の悪い若い力士の頭を中華料理のお玉で殴り付け、8針も縫うケガをさせていたのだ。まさに再発防止検討委員会が各部屋を視察していたその時期だ。
若い力士は頭から血を流し、相撲診療所で治療を受けた。その際、診療所長から「このケガはどうした」と聞かれたが、「稽古で受けました」と事実を隠したという。
さらにこの力士は夏場所前の出稽古で頸椎を骨折、入院することに。その時、陸奥親方が前頭部の傷跡に気付いたというのだ。陸奥部屋は傷害致死事件のあった時津風一門。やく氏は暴行の事実にも驚いたが、
「会見で親方が時津風部屋のことは軽いことと考えていたというようなニュアンスの発言をしていた。仮にも人が亡くなっているのに、何とも感じていないのかと本当にがっかりしました」
もう一つの事件は、理事として協会の指導的立場にいるはずの間垣親方(元横綱二代目若乃花)が起こした暴力事件だ。
こちらは夏場所中の朝稽古の際、態度の悪い弟子(序二段)の腕や太ももを竹刀でしたたか殴ったという。夏場所4日目の取組中、太ももに青アザがあることに土俵下の審判委員が気付いた。力士から事情を聴いたところ、間垣親方に叩かれたことが分かった。弟子は全治1週間のケガだった。
だが、間垣親方は当初、報道陣の取材に対して、
「稽古場以外でやってはならないことをやった。叱るのは当然だ。相撲とは別の問題。やりすぎたという思いはない」
と開きなおった。
翌日、世間の反応の険しさに気付いた親方は発言を一転。
「しつけのつもりだったが、そうであっても理事という立場である者が叩いたりしてはいけない。反省している。お騒がせして申し訳ない。私たちの時代は毎日1人は叩かれていたが、時代は変わった。もう竹刀は使いたくない。暴力のない指導法を考えないといけない」
と謝罪した。
前日には自分は悪くないと語気を強めていただけに、翌日の発言がいかにも空々しく聞こえる。間垣親方の訂正した発言が世間に向けた建前であるのは容易に察しがつく。

九州場所の番付で東の正横綱になった白鵬 |
ベテラン親方が語る。
「親方衆の間には、再発防止検討委員会の好きにさせるかという思いがある。分からない奴は体で分からせる。それで育ってきたんだ。これが俺たちのやり方であり、相撲界の指導法なんだ。それがホンネだね。間垣さんが言い直したのは政治判断だよ」
言葉で説得するにしろ、鉄拳制裁で分からせるにせよ、間垣親方の指導がなっていないのは明らかだ。夏場所8日目、愛弟子の西前頭2枚目若ノ鵬(ロシア出身)が関脇安馬に敗れて激昂。何と国技館の風呂場の木の壁を壊す乱暴狼藉を働いたのだ。
国技大相撲——。長い歴史と伝統が刻まれた大相撲は体質改善に向けて動き出したものの、その歩みは牛歩以下の実にのろのろとしたものだ。
再発防止検討委員会は視察の結果、次のような提案を行った。(1)部屋持ち親方が集まる師匠会に年2回程度、医学や栄養学などの専門家を招いて講演会を実施する。(2)力士らの心と悩みの相談を相撲診療所が行う。(3)入門の際に新弟子本人の意思確認書を提出する。(4)力士としての常識と道徳を分かりやすいイラストや写真で説明した基本マニュアルを作成する……。それらの提言は5月2日の理事会でも承認され、検討委員会も来年1月まで現メンバーで存続することになった。
一方、昨年、文部科学省の松浪健四郎副大臣から大相撲の理事会に外部委員を入れるよう提議されていた懸案については、
「前向きに検討する」
とはしたものの、今年になって開かれた理事会で話し合いは進まず、夏場所前の臨時理事会でようやく「外部役員を入れることが決まった」(九重広報部長)。
ただし、議決権のない非常勤の監事として3人が予定されているだけで人選は依然決まっていないのだ。
「要するに、理事会で話し合われる内容を外部の人間に聞かれたくないんですよ。もし、それが漏れたら相撲界は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。相撲界というところはなんでもどんぶり勘定。親方衆のホンネを聞いたら、腰を抜かしてしまう。それほど自分の利益追求だけで動いている人が多いということです」(相撲関係者)
ちなみに、北の湖理事長らが考えているのが日本相撲協会運営審議会のメンバーである作家の堺屋太一氏、元衆議院議員の塩川正十郎氏らと言われる。
「北の湖理事長らともツーカーで、うるさく意見を具申しない人。とにかく御しやすい人物がいいと親方衆は考えているようです」(相撲関係者)