今月のおすすめ記事  2008年7月号

いきなりうっちゃられた
「大相撲改革」

いつまで続く暴力体質

岡田晃房 ジャーナリスト

おかだ・てるふさ 1957年、三重県生まれ。早稲田大学卒業。週刊誌を舞台に大相撲、プロ野球などを中心に執筆。著書に『海を越えてきた力人——小錦・曙・武蔵丸』、『住所田園調布、職業ホームレス』(共著)。

岡田晃房

 昨年時津風部屋で起こった「新弟子傷害致死事件」——。日本相撲協会はその反省から昨年10月「再発防止検討委員会」を設置、委員たちは12月から今年4月にかけ53の全部屋を視察した。検討委員会は改革案を提案し、夏場所前の理事会で承認された。だが、改革の機運は高まるどころか、夏場所開催中の5月17日、またしても暴力事件が発覚したのだ。いったい何のための視察だったのか。大相撲の暴力体質は改めることができるのか……。

横綱たち
 引き落としで勝負がついた後も両手を土俵につく白鵬に朝青龍は両手で背中と腰を押すダメ押し。怒った白鵬は立ち上がりながら、右肩をぶつける——。夏場所千秋楽、結びの一番はまさにいまの角界を象徴するようなぶざまな醜態をさらした。
 昨年10月に発足した再発防止検討委員会(委員長、伊勢ノ海理事)に外部委員として参加した漫画家のやくみつる氏は視察後も発生する暴力事件をこう嘆く。
「部屋の視察といってもかなり形式的なものでした。行き過ぎた指導の現場を押さえるというものではとてもなかった。私としては、各部屋の親方に時津風部屋の出来事を自分の部屋に置き換えて(行き過ぎた指導をしないよう)注意喚起を促すことくらいならできようかと思っていました。しかし、残念なことにそれすらもかなわなかった。親方衆の中には昨年の事件を対岸の火事とさえ思っていない人がいるんですから」
 やく氏は20年以上、相撲観戦してきた経験を生かして、相撲界の暴力的体質を改めようと委員として奮闘してきた。
 だが、親方衆は悲劇の経験を共有しようとするどころか、何の反省もしていないというのだ。
 それを象徴する事件が二つあった。
 一つは陸奥部屋の傷害事件。陸奥部屋は元大関霧島が率いる部屋で、苦労人の霧島らしくアットホームな部屋と角界では囁かれている。その部屋で今年1月十両の豊桜(34)が生活態度の悪い若い力士の頭を中華料理のお玉で殴り付け、8針も縫うケガをさせていたのだ。まさに再発防止検討委員会が各部屋を視察していたその時期だ。
 若い力士は頭から血を流し、相撲診療所で治療を受けた。その際、診療所長から「このケガはどうした」と聞かれたが、「稽古で受けました」と事実を隠したという。
 さらにこの力士は夏場所前の出稽古で頸椎を骨折、入院することに。その時、陸奥親方が前頭部の傷跡に気付いたというのだ。陸奥部屋は傷害致死事件のあった時津風一門。やく氏は暴行の事実にも驚いたが、
「会見で親方が時津風部屋のことは軽いことと考えていたというようなニュアンスの発言をしていた。仮にも人が亡くなっているのに、何とも感じていないのかと本当にがっかりしました」
 もう一つの事件は、理事として協会の指導的立場にいるはずの間垣親方(元横綱二代目若乃花)が起こした暴力事件だ。
 こちらは夏場所中の朝稽古の際、態度の悪い弟子(序二段)の腕や太ももを竹刀でしたたか殴ったという。夏場所4日目の取組中、太ももに青アザがあることに土俵下の審判委員が気付いた。力士から事情を聴いたところ、間垣親方に叩かれたことが分かった。弟子は全治1週間のケガだった。
 だが、間垣親方は当初、報道陣の取材に対して、
「稽古場以外でやってはならないことをやった。叱るのは当然だ。相撲とは別の問題。やりすぎたという思いはない」
 と開きなおった。
 翌日、世間の反応の険しさに気付いた親方は発言を一転。
「しつけのつもりだったが、そうであっても理事という立場である者が叩いたりしてはいけない。反省している。お騒がせして申し訳ない。私たちの時代は毎日1人は叩かれていたが、時代は変わった。もう竹刀は使いたくない。暴力のない指導法を考えないといけない」
 と謝罪した。
 前日には自分は悪くないと語気を強めていただけに、翌日の発言がいかにも空々しく聞こえる。間垣親方の訂正した発言が世間に向けた建前であるのは容易に察しがつく。

北の海

九州場所の番付で東の正横綱になった白鵬

 ベテラン親方が語る。
「親方衆の間には、再発防止検討委員会の好きにさせるかという思いがある。分からない奴は体で分からせる。それで育ってきたんだ。これが俺たちのやり方であり、相撲界の指導法なんだ。それがホンネだね。間垣さんが言い直したのは政治判断だよ」
 言葉で説得するにしろ、鉄拳制裁で分からせるにせよ、間垣親方の指導がなっていないのは明らかだ。夏場所8日目、愛弟子の西前頭2枚目若ノ鵬(ロシア出身)が関脇安馬に敗れて激昂。何と国技館の風呂場の木の壁を壊す乱暴狼藉を働いたのだ。
 国技大相撲——。長い歴史と伝統が刻まれた大相撲は体質改善に向けて動き出したものの、その歩みは牛歩以下の実にのろのろとしたものだ。
 再発防止検討委員会は視察の結果、次のような提案を行った。(1)部屋持ち親方が集まる師匠会に年2回程度、医学や栄養学などの専門家を招いて講演会を実施する。(2)力士らの心と悩みの相談を相撲診療所が行う。(3)入門の際に新弟子本人の意思確認書を提出する。(4)力士としての常識と道徳を分かりやすいイラストや写真で説明した基本マニュアルを作成する……。それらの提言は5月2日の理事会でも承認され、検討委員会も来年1月まで現メンバーで存続することになった。
 一方、昨年、文部科学省の松浪健四郎副大臣から大相撲の理事会に外部委員を入れるよう提議されていた懸案については、
「前向きに検討する」
 とはしたものの、今年になって開かれた理事会で話し合いは進まず、夏場所前の臨時理事会でようやく「外部役員を入れることが決まった」(九重広報部長)。
 ただし、議決権のない非常勤の監事として3人が予定されているだけで人選は依然決まっていないのだ。
「要するに、理事会で話し合われる内容を外部の人間に聞かれたくないんですよ。もし、それが漏れたら相撲界は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。相撲界というところはなんでもどんぶり勘定。親方衆のホンネを聞いたら、腰を抜かしてしまう。それほど自分の利益追求だけで動いている人が多いということです」(相撲関係者)
 ちなみに、北の湖理事長らが考えているのが日本相撲協会運営審議会のメンバーである作家の堺屋太一氏、元衆議院議員の塩川正十郎氏らと言われる。
「北の湖理事長らともツーカーで、うるさく意見を具申しない人。とにかく御しやすい人物がいいと親方衆は考えているようです」(相撲関係者)

暴行死事件を契機に
暴力を徹底排除した親方も
 こう見てくると、大相撲改革は遅々として進んでいないことが分かる。打っても響かない親方衆が多いのだ。
 実は現役時代大横綱千代の富士だった広報部長の九重親方もその一人と言われる。取材にきた相撲記者に自説を披露してこう言ったという。
「うちには竹刀もバットもあるよ。相撲界には悪ばかり来ている。優等生は来ないよ。その連中にどうやって言うことを聞かせるんだ。力で分からせるしかないじゃないか」
 確かに、「少年鑑別所に行くか、相撲部屋に入るか。どちらかを選べ」。そう言われて入門する少年もいるらしい。
「街で番を張っていた奴が借りてきた猫みたいになる。それが相撲部屋だよ」(元十両星誕期)
 だが、だからといって暴力を容認していたら何も変わらない。実際、改革派の親方もいないではないのだ。東京相撲記者クラブ会友の中沢潔氏が言う。
「本当に暴力をやめる。そう宣言したのは再発防止検討委員会のメンバーでもある中村親方(元関脇富士桜)です。今までも暴力は滅多に使わなかった。しかし、最後の手段として暴力を使うこともあった。が、あの事件を契機にやめようと決めたというんです。相撲部屋にはいろんな子が入ってくる。中にはどうしようもない子も入ってくる。そういう子にも言葉で説得する。『俺は絶対、殴らない』というんですね。それでも、言うことをきかない弟子はいる。そういう子には出ていってもらう。それが最後の手段だそうです。とはいえ、親方が殴らなくても兄弟子が腹にすえかねて手を出すかもしれない。『その時は殴る前に俺に相談しろ』、そんなふうにコミュニケーションを通じて暴力を追放した部屋もある。僕はそれが正しいやり方だと思いましたね」
 最後はやめてもらう——。これは英断に違いない。相撲部屋を維持するためには10人以上の弟子が必要だと言われる。10人いれば、相撲協会から支給される養成費で部屋の経営は何とか成り立つ。
「これはとても強くならない。親方はそう思っていても頭数を増やすためだけの弟子をスカウトしてくることも少なくありません」(相撲関係者)
 その証拠に相撲部屋で最も厳しい制裁を加えられるのは脱走だ。その金の卵にやめてもらうのだから、非常に強い覚悟と勇気が必要なのだ。「相撲界では弟子は飯のタネです。だから、どうしても逃したくない。殴ってでもやめさせない。いわば、部屋の繁栄のために暴力を振るう側面もある」
 中沢氏は言う。
 相撲に限らず、日本のスポーツ界には鉄拳制裁を加える指導者が少なくない。それはどうしてなのか。
 スポーツジャーナリストの谷口源太郎氏が言う。
「広く言えば、日本のスポーツの指導者には哲学や思想がない人物が多いんです。一方で勝つことしか意味がないとする勝利至上主義をとっている。勝たなければ、指導者としての評価は上がらない。暴力の背景にはそんなお寒い事情があります。思想を持たないから、指導力がなく、選手を納得させる理屈を言えない。とにかく体で覚えろ。本来なら相手のレベルに応じて理解させなくてはいけないのにそれができない。だから、非科学的な根性論をたたき込むんです。その際たるものが相撲と言えますね」
 シコを踏むことは肉体的にいい。そのことは誰もが分かっている。
「しかし、シコを踏むという行為が古代にまで溯り、大地に眠っている精霊を呼び覚まし、豊穣を祈る。そういう意味があると知っている力士は少ない。相撲の稽古にはそれぞれ意味がある。それを伝承することも必要ではないか」(谷口氏)
 相撲の稽古は口伝である。そのせいかどうか、
「今の親方の中には正しい稽古の仕方を知らない人が少なくない。ぶつかり稽古だって、新弟子には絶対やらせなかった。最初の半年はシコとテッポウ、摺り足の基本動作ばかり。それから申し合いをしたものです。しかし、今はそうした稽古のやり方がむちゃくちゃになっている。やはり、暴力なしでやるのが理想ですよ。昔は手を上げることはあまりなかった。愛情を持って強くしていましたね。竹刀で叩くにしても、尻を叩いたり、まわしを叩く。頭を小突いたりはしていませんでしたね」
 こう振り返るのは元「大相撲」編集長の三宅充氏である。
 古き良き時代の相撲界はいつしか暴力が支配する世界になった。
「その原因の一つとして、相撲が好きで強くなろうと思って入ってくる若者が少なくなったことが挙げられる」
 と三宅氏は言う。
 中沢氏が指摘したように、人材難で相撲に不向きでも部屋に縛り付けておくために暴力を振るうというのだ。亡くなった時太山も何度も部屋を脱走しては連れ戻された。
「おい、かわいがってやれ」
 親方の言葉に3人の兄弟子の凄まじい暴力が17歳の少年に襲いかかり、昨年の悲劇は起こったのだった。
「どんな駄目な子でも人間の尊厳を軽んじる暴力は絶対許せない。だが、相撲協会の理事もその他の親方連中もそのことをどれくらい感じているのか。問題が構造的なものだとすれば、協会を解体するくらいの覚悟で臨まなければ、体質は改まらないでしょう」
 そう谷口氏は言い切る。
 人気低迷、外国人力士の上位独占、暴力的体質……。難問を抱えたままの大相撲、再発防止検討委員会の提言は「絵に描いた餅」になるのだろうか。

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