ネット規制で子供が守れるか(2)
有害サイト規制法は
何を規制しているのか
フィルタリングへの過剰期待と
新法に内在する矛盾
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佐々木俊尚 ジャーナリスト
ささき・としなお 1961年、兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。88年、毎日新聞社入社。中部報道部を経て、東京本社社会部。99年にアスキーに移籍。03年からフリーに。近著に『ネットvs.リアルの衝突—誰がウェブ2・0を制するか』『ウェブ国産力—日の丸ITが世界を制す』『インフォコモンズ』など。
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さる6月11日に成立した「有害サイト規制法」。
内閣府は「インターネット青少年有害情報対策・環境整備推進準備室」を新設し、
来年6月ごろの施行に向けて準備を進めているというが、
果たして、その中身は本当に“子どもを守る"ものとなっているのか─。
インターネットの有害サイトから青少年を守るための新法が6月11日、参院本会議で可決され、成立した。
この新しい法律は、いったい何を意味しているのだろうか─この新法は、インターネットの有害情報を青少年の目から取り除くことに成功するのだろうか。あるいはこの新法は、インターネットの自由を奪う世紀の悪法なのだろうか。
結論から言えば、どちらも「ノー」である。この新法には何ら実効性はなく、ネットの世界に何らの影響も持ち得ない。新法は「インターネットの暗黒面を日本社会はどう引き受けるのか」という大きなテーマをただ先送りにしているだけで終わってしまっている。
青少年保護か、表現の自由か
平行線をたどる規制論議
経緯をおさらいしてみよう。
この法律が成立した背景には、出会い系サイトなどを媒介した少年事件の多発や、硫化水素や練炭などを使った自殺がネットによって誘引されている状況があった。出会い系サイトや自殺サイト、学校裏サイトなど、アンダーグラウンドなウェブサイトが横行していることに対し、ネットを規制すべきではないかという声が政界や政府サイドなどから高まった。
この動きは、2007年末から08年春にかけて急速に盛り上がった。この時期、政府の教育再生会議(現教育再生懇談会)や総務省、警察庁などがそれぞれ有害コンテンツ対策の検討をスタートさせたほか、自民党内部では政務調査会や青少年特別委員会、総務部会、経済産業部会などでほぼ同時並行的に法案作りの動きが進んだ。特筆すべきは同党の高市早苗衆議院議員で、彼女が中心になった党青少年特別委員会の規制法案は、その内容の過激さから一躍注目の的となった。
その法案をわかりやすく言えば、次のようなものだった─内閣府に「青少年健全育成推進委員会」を設置し、この独立行政委員会がネット上のコンテンツの有害度を判断する基準を作成する。この基準に基づいて、ウェブサイトの管理者は、自サイトをフィルタリングサービスの対象にするか、それとも未成年が閲覧できないようにする会員制に移行するなどの措置を取る。

規制強化の高まりの中、福田康夫首相からは、「子どもに携帯を持たせるとロクなことがない。(有害情報対策よりも)携帯を持つべきかどうかを議論していただいたほうがいい」との発言まで飛び出した |
高市議員がここまで強い姿勢を打ち出した背景には、警察庁の一部官僚や町村信孝官房長官、山谷えり子首相補佐官などの協力があったと見られている。特に山谷議員は高市議員以上に反インターネット・反携帯強硬派で、彼女が事務局長を務めた教育再生会議の後身、教育再生懇談会は5月、「小中学生に携帯電話を持たせるべきではない」という報告をまとめている。この際の記者会見で山谷補佐官は子どもの携帯電話について「メリットよりも大きな害があることをよく考えてほしい」とコメントしていた。
さすがに、携帯電話の所持そのものを規制する動きには高市議員も戸惑いの色をみせていたが、いずれにしても、ネット規制法案は、この高市・山谷ら強硬派が流れをつくったようなものだった。
これに対して、インターネットの世界からは猛反発が起きた。08年4月になって、白田秀彰・法政大学准教授やITジャーナリストの津田大介氏らを中心とする「MIAU(インターネット先進ユーザーの会)」がネット規制法案を、情報の検閲であり表現の自由を侵害するものだと批判したのをはじめ、同月22日には「MIAU」のほか、インターネット技術者の中心組織である「WIDEプロジェクト」や多摩大学情報社会学研究所などが、同様の内容の共同声明を発表した。
「法律によって規制することは、どんな手段であっても、結果的に国家による検閲につながりかねず、情報の発信やコンテンツの制作を萎縮させていきます」「国家によるインターネットの制限ではなく、教育による情報リテラシーの向上と、民間事業者による自主規制の強化で対応することを提案します」
つまりは、ネット規制法案は、インターネットの自由を阻害するという主張である。
さらに翌23日にはヤフーと楽天、マイクロソフト、ディー・エヌ・エー、ネットスターの5社が共同記者会見を開催してネット規制法案への反対を表明した。霞が関・永田町連合vs.総インターネットの対立構図が鮮明となったのである。
このほぼ同じ時期、民主党側からもネット規制法案策定の動きがあった。高井美穂衆議院議員が中心となって「違法・有害サイト対策プロジェクトチーム」を設置し、警察庁や総務省のほかフィルタリングソフト事業者、ISP(インターネット接続事業者)、携帯コンテンツ企業などからヒアリングを行い、高井議員が法案の私案を発表したのである。もっとも、高井私案は政府の介入をかなり弱めた内容で、「民間における自主的かつ主体的な取り組みが大きな役割を担い、国及び地方公共団体はこれを尊重する」と明記していた。そのうえでウェブサイト管理者に対して違法・有害情報の閲覧防止措置を義務づけ、もしサイトに違法情報があると認知した場合は、すぐに削除することを求めた。また、有害情報に関しては、自サイトをフィルタリングサービスの対象としなければならない、ともしていた。
最終的には、この民主党高井私案と自民案がすり合わされる方向で与野党の調整は進んだ。高市議員の法案に対しては「国の情報検閲ではないか」という批判が党内外から出て、最終的には自民側が民主党案に大幅譲歩した。そうして国会会期にギリギリ間に合わせるかたちで、何が有害情報に当たるかを判断する第三者機関に国が関与しないという内容で決着。ようやくネット規制法案は成立することになったのである。
何をもって有害とするのか
フィルタリングへの過剰期待
さて、この新法はいったい何を意味しているのだろうか。
まず第一に捉えておかなければならないのは、自民党案は当初からフィルタリングに対して、過剰な期待を抱いていたということだ。
フィルタリングというのはインターネットの情報を選別し、閲覧制限をかけるソフトやサービスのことである─そう定義すると、「子どもにとって有害な情報を遮断してくれる素晴らしいサービスだ」と短絡的に理解してしまう人もたくさん出てくるだろう。しかし、ことはそう単純ではない。
ネット規制法反対の共同声明には、フィルタリングサービス専門企業のネットスターも参加していた。同社は違法・有害情報の分類を以下のように行っている。
(1)違法情報:法律に違反している薬物や殺人、詐欺などの情報
(2)有害情報:法的には問題はないが、公序良俗的に問題のある情報。たとえばポルノや出会い系、ギャンブル、自殺など
(3)その他不適切情報:ネットいじめなど、双方向的な利用に伴う不適切な内容。コミュニティーサイトなど
(1)の定義は明確だが、(2)に関しては、何をもって有害とするのかがネットを利用する人、あるいはその人の利用スタイルによって著しく異なってくる。ヤフー法務部長の別所直哉氏も、私のインタビューに「たとえば戦争報道や事故報道は、残虐性とは切り離せない。そうした線引きを誰がどう判断するのかについては、社会的コンセンサスが成立していない」と語っている。青少年に向けて、時には残酷なものを見せることも教育上必要なことがある。線引きは難しいのだ。
さらに(3)ともなると、それがコンテンツ自体に起因する有害性なのか、それともそのコンテンツを利用している側に問題があるのか、すぐには判断できない微妙な情報ばかりだ。たとえばSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)や掲示板などのコミュニティーサイトは「いじめの温床になっている」「自殺を誘発させている」と批判されているが、こうしたネットコミュニティーによって同調圧力の強い学校空間から逃げ出してホッとしている子ども、自殺サイトで他の人とつながることによって自殺を思いとどまったような子どものほうが、実は数としては圧倒的に多い可能性もある。クローズアップされた事件ばかりに目を奪われていると、こうしたネットのポジティブ要因には気づかなくなってしまうのだ。
ネットスターはこの3種類に大分類した情報を、さらにジャンル別に細かく分けている。「アダルト・性行為」「出会い・結婚紹介」「金融・投資商品の購入」「ギャンブル・宝くじ」「コミュニケーション・掲示板」「成人嗜好・飲酒」「趣味・音楽」など、ジャンルは70種類以上にもおよび、これまでに7千万以上のウェブサイトやウェブページを分類し終えているという。
同社がなぜこのような細かい分類を行っているのかといえば、それは「どれをフィルタリングするのか」という判断を、利用者の側にゆだねているからだ。
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同社はこの分類リストを企業や学校などの利用者に提供している。利用者の側は、リストの中からどのジャンルをフィルタリングするのかを自分で決定し、設定することができる。たとえば企業が自社の社員に対して、「わが社は小売業だから、社員がショッピングサイトを参考のために閲覧するのは構わないが、仕事中に株の取引などを行ってもらっては困る」と考えれば、リストからショッピングサイトは除外し、しかし金融商品・サービスのジャンルは選択することができる。
同社は当初はもっと大ざっぱな分類しかしていなかった。だが、企業から「ファイル共有サービスは仕事で使うが、ユーチューブのような動画共有サービスは社員には見せたくない」などといった要望が寄せられ、それまでひとつのジャンルで括られていたファイル共有サービスと動画共有サービスを分離するといった作業を続けた結果、現在のように細分化されていったのだという。
つまりは有害情報というのは、このように利用者側の事情によって大きく変わってしまうものなのだ。明確な違法情報を別とすれば、人によって有害かどうかの判断が分かれる情報に関しては、「日本人はこのサイトはだめ」「日本人男性はこのサイトはOK」といった包括的な括りなどは不可能なのだ。それと同じように、「18歳以下にはこのサイトはダメ」といった括り方はあまりにも大ざっぱ過ぎるといえる。
先送りされた問題
繰り返される水掛け論
こうした問題点が反映されたのか、成立した新法では有害情報の定義は極めて限定的となった。第二条には、「青少年有害情報を例示すると、次のとおりである」として以下のような内容が挙げられている。
(1)犯罪若しくは刑罰法令に触れる行為を直接的かつ明示的に請け負い、仲介し、若しくは誘引し、又は自殺を直接的かつ明示的に誘引する情報
(2)人の性行為又は性器等のわいせつな描写その他の著しく性欲を興奮させ又は刺激する情報
(3)殺人、処刑、虐待等の場面の陰惨な描写その他の著しく残虐な内容の情報
こうしてみてみると、限りなく違法情報に近い有害情報だけを羅列しているに過ぎない。反語的にいってしまえば、これでは「硫化水素自殺」や「ネットいじめ」を食い止めることはできないではないか。
ここにはフィルタリングに依拠してしまっている新法に内在する矛盾点があるのだ。
「有害情報すべてをフィルタリングしなければ、ネットの被害を食い止めることはできない」「しかし有害情報の定義を明確に書き記すことは不可能だ」「だから明確に有害と言える違法情報だけを例示しよう」「しかしこれでは有害情報をカバーしきれない」
という堂々めぐりである。
そもそも犯罪性のある情報やわいせつ物に関しては、刑法だけで十分に違法である。わざわざ新法で規制する必要はないのだ。だからこの新法は、何も規制していないに等しい。実効性もゼロだ。
政府サイドもこうした内在矛盾をわかっているはずだ。それが影響して腰砕けになったのか、新法ではISPに対してはフィルタリングサービスの提供は義務づけていない。また第三者機関に「有害」と認定された場合でも、サイトの管理者は情報削除に関する「努力義務」を負うだけで、何らの罰則も設けられなかった。
唯一、携帯電話に関しては携帯キャリア各社が青少年対象にフィルタリングサービスを導入するよう義務づけられた。だが、総務省は携帯各社に対してすでに要請を行い、フィルタリング導入は着々と進んでいる。新法はこの行政指導を追認したに過ぎない。
結局のところ、問題は先送りされたのだ。
さらにいえば、新法には実効性がないばかりか、ネットに対する理念も存在していない。
インターネットの光も闇もまったく理解できないまま、ただ大声で「ネットを規制しろ」と叫び続けている一部政治家。そして、「ネットの自由、表現の自由を守れ」と訴えているネット世界。
「でも被害者はどうするんだ」「いやネットはいい面もある」と永遠に交わらない水掛け論の中で、本来議論すべき問題点─つまりはインターネットという新たな社会空間がもたらしているさまざまな影響を、国家としてどう引き受けるのかというテーマを先送りしたまま、新法は粛々と無意味に成立していったのだった。
新法は附則で「政府は、この法律の施行後三年以内に、この法律の施行の状況について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずる」としている。おそらくは3年後、この問題は再び議論の対象となってくるだろう。そのときはまっとうな議論が行われるといいのだが─。
誰がどのように線引きをすべきか
別所直哉・ヤフー法務部長に聞く
──インターネットが原因となった犯罪が多発していると指摘されていますが。
別所 ひとつひとつのネット関連犯罪が報道でクローズアップされているだけで、どのぐらいの数のネット関連犯罪が実際に起きているのかは報道されていないんです。仮にネットにからむ犯罪が増えているのだとしても、全体の犯罪件数の中に占めている割合や、全体の犯罪傾向なども一緒に見ていかなければ、実態は見えてこない。たとえば被害者が児童の性犯罪でネットが利用される件数は確かに増えていますが、しかし全体の件数はここ20年間横ばい。これはつまり、世代によって犯罪の手段が移り変わり、最近はそれがネットに移行しているだけなわけです。そうした状況をきちんと見ていかないと、適切な対応は取れないし、性犯罪全体の減少にはつながらない。
──そうはいっても、少しでもネット関連犯罪が発生している以上は撲滅すべきだという意見もあります。それに反論できるでしょうか。
別所 そのために全面的な規制をかけてしまうのが正しいのかどうかを考えてほしいと思います。そこがきちんと議論されていないのではないでしょうか。そもそも法律を作る時には、効果とコストを検証すべきなのに、コストを考えずにすべてに網をかけてしまうのがいいのかどうか。
──学校裏サイトなど、ネットがいじめを多発させているという意見もあります。
別所 いじめの全体発生数がどうなっているのかという推移をきちんと検証しないで、学校裏サイトの件を持ち出されても議論にならない。昔といじめの構造が違ってきているし、ネットが原因なのではなく、人間関係の構造が変化してきている可能性があるんです。そうした人間関係の変容をきちんと調べ、それに対してどう取り組むのかのほうがずっと重要ではないでしょうか。
──当初の自民党法案をどう受け止められましたか。
別所 有害の基準を国が定めていくと書かれていましたね。違法情報は判断しやすいと思いますが、暴力や残虐な内容を含む有害情報を判断するのはけっこう難しい。たとえば戦争報道や事故報道は、残虐性とは切り離せないんです。そうした線引きを誰がどう判断するのかについては、社会的コンセンサスが成立していないと思っています。
──何をもって「有害」とするのか、という問題がありますね。
別所 違法情報を定義するのは可能ですが、有害情報の定義は不可能だと思います。何をもって有害とするのかは、社会情勢によって変わってくるし、固定できないでしょう。何を有害とするのかを議論し出すと、その人の倫理観や道徳観と密接不可分な部分が出てきてしまって、すり合わせにならないんです。厳格な人もいれば、融通の利く人もいる。厳格な人から見れば、ネットの情報の大半が有害に見えてしまうかもしれない。
──その線引きは親がやるべきということでしょうか。
別所 基本的には、特に子どもの情報は親がコントロールすべきだと考えます。自民党の法案は、18歳未満に対して一律の基準を押しつけてしまうのが問題。厳格な親も融通の利く親もいて、その家の教育方針によって決めるべきだと思うんですよ。
──自民党法案を作成した高市早苗議員は「保護者にはできない」と言っていますが。
別所 そうした考え方は、親の監護権そのものを侵害することになると思う。高等学校PTA連合会の高橋正夫会長は、「高校生にまでネットの有害情報をまったく見せないのはおかしい。高校を卒業し、急にフィルターが外れたら、逆に危険な目に遭う可能性もあるんじゃないか」と指摘されている。有害なものを遮断するのではなく、対処方法を教えて教育すべきだと思うのだが、その指摘について政治家の人たちがどう捉えているのか、本当にわからないですね。
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