私と昭和 第二回




 ピンク・レディーは昭和51年にデビュー。翌52年に人気が爆発しました。テレビに元気があって、人々の娯楽の大半をテレビが占めていた時代です。そこに歌だけでなく、衣装や踊りを含めたビジュアルでも楽しんでもらおうという発想で登場したのが、私たちでした。阿久悠先生がやりたかったのは、おもちゃ箱をひっくり返したような楽しい世界だったそうですが、当時はオイルショックの後で、世の中も明るいものを求めていました。そんな時代の空気とピンク・レディーのキャラがマッチしたんだと思います。ピンク・レディーはまさに、あの時代とテレビが生んだスターだったんじゃないでしょうか。
 でも実はいまだに、ピンク・レディーと自分をイコールでは感じられないんです。当時も、ひたすら目の前のことを必死にこなしていただけ。自分がスターだという実感はありませんでした。ただ、うれしかったのは、当時すでに校庭で遊ばなくなりつつあった子どもたちが、私たちの曲をかけたら元気に校庭に飛び出して踊った、という新聞記事を読んだとき。再結成コンサートでも、30代を中心とした方たちが、楽しそうに私たちの曲で歌い、踊る姿に感激しました。
 同世代が一緒に夢中になれるものがあるって、昭和っぽいですよね。娯楽も価値観も多様化した平成の今、ピンク・レディーのようなアイドルが生まれることは、もうないかもしれませんね。(談)

「未唯mie with 3/7(seven)」日時:11月28日(金)会場:Blues Alley Japan

『週刊昭和』33号で、 「ピンク・レディー」を特集します。

 私たちの時代は、アイドルとしてのイメージを守らなくてはいけない、という風潮が今よりうんと強かったですね。恋愛はもちろんご法度だし、髪形を勝手に変えちゃいけないとか、さまざまな制約がありました。今はそういった制約は少ないけれど、その分個々のタレントさんの演出力が長けているのではないでしょうか。
 また私たちの時代は、ファンの間に自分たちでアイドルを育てようという意識が強かった気がします。事務所に「スター誕生の時からファンです。僕たちが絶対スターにしてみせます」なんて言う男の子たちが現れて、テレビの公開収録に大動員をかけて盛り上げてくれたり……。ありがたかったですね。