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ワシントン郊外のベセスダの映画館で、「ある芸者の回想」(Memoirs of a Geisha=日本語版「SAYURI」)を見た。 満員だったが、終わって、客席からは何の反応も感想も漏れてこない。みな、黙って出口に向かっていく。感情がかき回されなかったと見える。 舞台は1930年代の日本。 戦争の足音が聞こえてくる。 京都の花街が、昔のサイゴンのチャイナタウンみたいだ。芸妓の踊りがモダンダンスのようだ。芸者が客の前であんなに自分の意見をはっきり言うはずがない。 英語の問題もある。さゆり(チャン・ツィイー)と初桃(コン・リー)の英語はお世辞にもうまいとはいえない。豆葉(ミシェル・ヨー)と会長(渡辺謙)のはもっと自然だ。もっとも、アジア人俳優オールキャストにしたから、ここは大目に見ることにしよう。 しかし、あまりに白黒、明暗がハッキリしすぎている。 例えば、置屋に連れてこられたさゆりをいじめ抜く初桃を演じるコン・リー。ふてくされた表情と開き直った表情を演じさせたら、コン・リー以上の女優はちょっと見当たらない。しかし、最初から最後まで牝犬のように邪険だ。まるで劇画の主人公だ。観音様のように虫も殺さぬ顔をしながら、虫の足を一本一本、もぎ取るような残忍さを演じてもらいたかった。 それに、さゆりの「お姉さん」となる豆葉は、映画ではあたかも天使のような役回りになっているが、彼女は初桃を自己破壊に追い込むべく知略と奸計の限りを尽くす怖い女である。そこが十分に伝わってこない。 いじめも復讐も陰謀も、そこに込められる残忍さは、目に見えない針のように繊細なのである。 芸者の世界も日本の社会もその本質は繊細さにある。そこが描けていない。つまり、文化が描けていない。 原作の小説(Arthur Golden, Memoirs of a Geisha)には、その繊細さが描かれているが、映画はハリウッドのファンタジー映画となってしまっている。 この世の中は、人間と社会の生きる術をめぐる闘争の場にほかならない。 芸者の世界は、それがもっとも過酷に表れる。置屋での女将と芸妓の言葉も、芸者同士の言葉も、それはしばしば相手を斬りつけるカミソリである。さゆりが初桃に「勝った」と確信したのは、祇園一の水揚げ代を記録したこともさることながら、初桃がさゆりの日記を盗み読みしたからだった。それは、初桃の自信が揺らいだことを示していた。「相手の自信をくじく」ときに戦は終わるのである。 客との会話や客に対するシナは、客を楽しませ、客の関心を引き、関係を管理し、自らの市場価値を高めるための人工甘味料である。客が「今日は暖かいね」と声をかけてきた場合、豆葉は、相手次第で、10通り以上もの答え方を用意していた。 にもかかわらず、豆葉はさゆりに「客があなたに関心を持つのは、あなたの会話能力ではない」と冷たく言い放つ。客の関心は畢竟(ひっきょう)、男と女の化学反応である。 人間のありとあらゆる欲、食欲、性欲、顕示欲、そして支配欲を、冷たい計算と静かな打算で制御しながら上手に満たさせ、それを楽しむ芸を磨く、それが芸者の芸なのである。 ここに貫徹しているのは、人間社会に対する透徹したリアリズムの目にほかならない。 芸者の生きる術を戦略的に組み立てることができるかどうかは、旦那を持つことができるかどうか、にかかっている。 その差が、結局は、豆葉と初桃の差となった。 豆葉には「男爵」と呼ばれる旦那がいた。初桃も旦那に抱えられたときがあるが、長続きしなかった。初桃はお座敷の声がかからないと不安でしょうがない。だから、人気を追い求める。その不安心理が、ライバルの豆葉と後輩のさゆりに対する嫉妬と憎悪の根っこにある。豆葉はさゆりに、「賢い芸者」と「人気がある芸者」の違いを教え、「賢い芸者」になるよう説くのである。 日本は戦争に敗れ、米国に占領された。 戦争末期以来、閉鎖されていた京都の花街に再び、灯がともった。 さゆりも、置屋で一緒だったおカボ(工藤夕貴)も戻ってきた。 しかし、大きな変化が生まれた。 「誰もが着物を買って私は芸者よ、という時代」になった。 踊りも三味線も器量も何一つ、さゆりにかなわず、置屋の女将(桃井かおり)の養子の座をさゆりに奪われたおカボの出番がやってきた。 それはまさに社会革命だった。 おカボのような“負け組”の敗者復活の場が一気に広がったのである。 そのエネルギーが戦後の日本を形作った。戦後の日本がこれほど急激な変化を遂げたのに、社会が安定し、国家が繁栄したのは、その“遅れてきた階層”に経済発展と所得倍増の方向性を与え、彼らのエネルギーをつかみだしたからである。 戦後の出直しではもう一つ、米国との新たなつきあい方を学ばなければならなかった。 花街が復活して、祇園に戻ってきた豆葉がさゆりに独り言のように言うシーンがある。 「アメリカ人を楽しませるなんて、どうやったらいいもんだか」 さゆりは会長の友人である「延さん」(役所広司)の求めで、米占領当局のえらいさんの歓心を買うため、奄美まで飛行機で出かけるが、その役目を果たし損なった。米国人の芸者ファンタジーを満足させるには、彼女は自尊心がありすぎたし、独立心がありすぎた。 この映画は、「マダム・バタフライ」(注)の時代からさして変わらない米国の芸者ファンタジーの流れの中に位置づけることができる。 このファンタジーは、米国の日本占領時代に復活した。米国は戦後いち早く、各地で「マダム・バタフライ」を上演した。米海軍士官のピンカートン役には(19世紀末ではなく太平洋戦争のときの)米海軍の制服を着せた。そのように「敗北した日本を抱きしめて」みせたのである。 そして、いま、再び、ハリウッドが芸者ファンタジーを再生産する。 ここにかいま見えるのは、将来の日米関係像にぼんやりともる“特殊関係”像である。 冷戦後、米国のそれまでの同盟国の中のいくつかは、関係を変質させていった。ドイツも韓国もそうである。カナダ、メキシコも必ずしも米国に従順ではない。ポーランド、ウクライナ、バルト諸国など新たな親米諸国が現れつつあるが、二者間の同盟構築とまではいかない。米国は、インドとは長期的に協力関係を築きたいが、可変要因が多すぎる。結局、英国、オーストラリア、日本が“特殊関係”の中核となりつつある。 そのうち、日本ほど米国のかゆいところに手の届くような繊細な気配りをする同盟国はない。 米国にとって、それが居心地がいいに違いない。 ひょっとして、この映画に何らかの今日的寓意というものがあるとすれば、それは、〈米国という旦那〉に尽くす〈日本という芸者〉への米国のファンタジーなのではないか。 注 1898年、米国人ジョン・ルーサー・ロングが書いた小説。これをもとに、イタリア人作曲家プッチーニが作ったオペラが有名。 |
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