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書棚と本棚 25

[書棚と本棚 25]

料理本の世界

重金敦之

Shigekage Atsuyuki 文芸ジャーナリスト。

 二十一世紀も十分の一が過ぎた。あらゆる分野で先行きは不透明のままだ。景気が一向に回復しないから飲食業界は昨年から青息吐息が続いている。そういえば、「センベロ」という言葉を聞いた。千円でべろべろになれるまで飲める居酒屋のことをいうらしい。昼食を外で摂る人や帰りに縄のれんをかき分けて、ちょっと一杯という客が減った。その分、家族が作った弁当を持参したり、会社から家に直行して自宅で飲む人が増えた。「センベロ」にも行かないのである。飲むアルコールもビールよりは発泡酒、肴も缶詰がトレンドだという。みみっちい世の中になったものだ。
 何しろ、テレビの料理番組で人気のキーワードは、「簡単、スピード」というのだから、だいたいの察しがつく。プロでもない料理好きの歌手や料理研究家の二世というだけでもてはやされている。そのうち、「超カンタン」になったかと思えば、「手抜き」や「ズボラ」を売り物にする料理研究家まで出てきた。女性が料理にかける時間を短縮したいと考える傾向は先進国に共通している。男女雇用機会均等法を持ち出すまでもなく、働く女性の当然の欲求だから、「手抜き」が悪いと一概には決めつけられない。
 出版業界もその影響をモロに受けて、料理書の棚に並ぶ書籍も変わった。一昨年からブレークしたのが、『おつまみ横丁 すぐにおいしい酒の肴185』(瀬尾幸子・池田書店)。料理本の常識を破った新書サイズの小型本で、説明は三項目しかない。お惣菜や料理という感覚ではなく「居酒屋のメニュー」に徹したところが受けた理由だろう。続編にあたる『もう一軒おつまみ横丁』も出ているが、何回版を重ねたのか記されていない。おそらく買い切りの原稿料払いではあるまいか。となると他人の懐を詮索しても始まらないが、版元はかなり利益を挙げたと考えられる。
 しかし、料理書のコーナーに、「缶詰のレシピ」や「手抜き」料理の本ばかり並ぶのも、子供の食事教育や健康問題を考えたとき、どうしても疑問が残る。「食育」などという耳に当たりの良い言葉が流行しているが、胡散臭いのであえてここでは用いない。取り立てて新しい言葉ではなく、すでに『食道楽』の村井玄斎が明治時代に提唱していることなのだが。
 それはともかく雑誌「暮しの手帖」(暮しの手帖社)が戦後の家庭料理の向上に果たした役割は大きい。まず材料や調味料の分量を数字で明示した。また社内で実際に料理を試作、試食、味を吟味、確認した。制作した編集部員が文章を書いた。それまでの婦人雑誌の料理は料理学校の先生が、栄養学を基本に置いた「家庭料理」だった。
 ごく平均的な家庭を読者対象に想定していると思われがちな「暮しの手帖」だが、一方で一種の貴族趣味とも取れる一流店の料理人を起用している。大阪ロイヤルホテル(現リーガロイヤルホテル)の常原久彌、生野の小島信平、銀座マキシム・ド・パリのピエール・カシエなどだ。これは後にNHKの料理番組「味ひとすじ」などにも影響を与えた。いわゆるタレント料理人の氾濫につながっていく。
 九七年に「暮しの手帖」六〇周年を記念して、『もう一度食べたい昭和の味』という別冊が刊行されている。昭和三十年代から四十年代に掲載されたレシピを摘録した。編集部によると、「現代の味付けに慣れた私たちからすると、塩味はやや強めで、香辛料は弱めに感じる」そうだ。こと味付けだけに限っていえば、消費者の健康志向の成果が表れていることになる。
 古いレシピを再現するといえば、昨年末から公開された映画『ジュリー&ジュリア』を思い起こす。アメリカでもっとも著名な料理研究家、故ジュリア・チャイルドはアメリカ人のために英語で書いた『フランス料理の達人』(61年)がベストセラーになり、テレビでも活躍した。テレビの歴史の中で、「アイコン的存在」とまでいわれる。
 一方ジュリー・アダムスは政府機関で9・11事件の事後処理に当たっているOLで、俗耳に入りやすい言葉でいうと「自分探し」に疲れている。一念発起し五十年前のジュリアのレシピ五百二十四皿の料理を三百六十五日で再現してブログに発表することにした。そのブログが大ヒットし、一流のメディアに取り上げられた。料理の専門家ではないジュリーは、生きているオマールえびの処理に難儀し、ブフ・ア・ラ・ブルギニョン(ブルゴーニュ風牛肉の赤ワイン煮込み)を焦げ付かせる失敗もする。そんな体当たり的なドキュメントが、ネットの世界で注目されたのだろう。
 そのいきさつは優れたブログ本に与えられるルル・ブロッカー賞を受賞した原作の『ジュリー&ジュリア』(ジュリー・パウエル著・富永和子訳 ハヤカワ文庫)に詳しい。
 今売れている料理書『ていねいなおかず』(朝日新聞生活グループ編 朝日新聞出版)について書くつもりだったが、紙数が尽きたので次回にゆっくりと。(この項続く)