Step ahead 日本女性としてさらに輝く先へ

松 たか子

Takako Matsu 1977年、東京都生まれ。93年、『人情噺文七元結』で初舞台を踏む。その後、94年にNHK大河ドラマ『花の乱』で連続ドラマに初出演、97年には映画『東京日和』(竹中直人監督)に出演し、さまざまな分野で女優として活躍。また97年から音楽活動も開始。2009年に公開された『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』(根岸吉太郎監督)で第33回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞のほか多数の映画賞を受賞。同作品のDVDが4月7日発売される。10年は主演舞台『2人の夫とわたしの事情』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出)、主演映画『告白』(中島哲也監督)が6月5日東宝系で公開。また、09年に続き連続ドラマ『坂の上の雲』(NHK総合ほか)が冬に放送される。 http://www.matsutakako.jp/

森 鈴香(ジェイヌード)=インタビュー、文
奥村恵子(Image)=写真


松 たか子 インタビュー
ひたすらに ひたむきに

舞台にちゃんと立っていられる役者になりたい。
それがずっと変わらない夢です。
観るひとと演じるひとで成立する原始的な場所。
でもその空間を共有できたことしか
頼りになるものがない。
役者として忘れてはいけないものがある
わたしにとって贅沢な場所なんです。


今度の役のテーマは
“チャラ”なんです(笑)


 舞台『2人の夫とわたしの事情』のお稽古がはじまって1週間。「おはようございます!」と気持ちのいい声が広い稽古場に響きわたると、生き生きとした表情の松たか子さんが現れました。
「一昨日から立ち稽古がはじまったんですが、実際に動いて共演者の方々とかかわると、おもしろいなぁっていう実感がこみあげてきます。コメディーってフィジカルとはちがった意味で体力を使いますし、わたしが演じるヴィクトリアという女性が感情的に激しくて、ワーッと爆発することも多いので、いままで使ったことのないエネルギーを使いますね(笑)」
 イギリスの文豪、サマセット・モームが第一次世界大戦後の1919年に発表した戯曲を、ケラリーノ・サンドロヴィッチさん(KERAさん)が演出する本作。松さんは戦争で夫を亡くし、夫の親友と再婚したヒロインを演じます。
「いつも自分が演じる役のキャラクターのことより、まずどんな物語なんだろうということが気になります。でも今回はKERAさんが演出する翻訳ものという未踏の世界への挑戦をしてみたい!というのがなによりまず先に思ったことです。そして、わたし以上に冷静にわたしのことを見てくれているプロデューサーやスタッフとのお仕事だったので、『この役どうですか?』って言われて素直に『のっかろう!』と思えました。“自分はこうありたい”ということより、そういう方々から見て自分はどんなイメージなのかというところに興味を感じます。でもまさかこういう物語でこんな人物の役をいただくとは思っていませんでしたね(笑)。正面切って“コメディーです”と言える作品もはじめてですし……。ヴィクトリアのような“やり散らかしていく女性”という役どころもやっぱり挑戦です。誤解を恐れずに言うと、いかに“いいかげん”にするか(笑)。コメディーなので“間”とか押さえどころはありつつも、テンションをいっぱいいっぱいまで上げていくところと力を抜くところのバランスが課題であり挑戦になると思っています」
 ヴィクトリアは自由奔放で天真爛漫な女性。発する言葉の内容はかなり無茶だったりするけれど、なぜか意外な説得力をもって周りの人々を“なんとなく”納得させて自分の世界に巻き込んでいく。
「まだわたしにとってはとてもミステリアスな女性。でもあえてわかろうとしないほうがいいかな……。わかろうとすると、この物語の登場人物たちのように彼女に巻き込まれてしまいそうだから(笑)。そういう力をもった女性なんですよね。男性が将来のことを計画的に考えるのに対して、女性はいま一瞬がだいじだったり、『こうなったらステキ!』と妄想や想像で満足できるところがありませんか? 男性であれば常識が邪魔をしてできないことも女性は軽々と飛び越えてしまう。ヴィクトリアはそれが極端なひと。一見わがままで自己中心的な性格のようですけれど、したたかでも計算高いわけだけでもない。だからこそ男性からかわいらしいと思われたり、同性からはあきれられながらも好意的なあきらめをもって見てもらえる。稽古を重ねていくうちに無意識にそんな“天然”な雰囲気が出せていたらいいなと思います」
 開幕まで約1カ月間の稽古を重ねるなかで、自分にどんな変化がおとずれるのか、まだ予測もつかないと松さんはにっこり。稽古場のなかで起きる「あれ!?」という発見を期待しながらの毎日がつづきそうだといいます。『贋作・罪と罰』(2005年)に主演したとき、最後の通し稽古で演出家の野田秀樹さんにこんなことを言われたのだとか。
「開幕直前、『これを最低ラインで!』と言われました。でもその言葉が意味することはなんとなくわかりました。稽古をくりかえしているうちに、やりあってヘトヘトになって、もうこれ以上のものは生まれないぐらいにできたって先に進んでいけることがある。演じていて役と一体化するような瞬間がいつおとずれるのかはわからないんです。でもそれは突然ではなく、あのとき一瞬すごく気持ちがよかったとか、強い感情のやりとりがあったなっていう積み重ねがあって、そういう瞬間に出合えるんじゃないかな。わたしはひたすらとことんやってやってやって、なにかが見つかればいいなといつも思っています。全体のことは演出家におまかせして演出家のせいにして(笑)、一直線にガーッと役に集中する。でも失敗したときでもその感覚を忘れてはいけないという役目も背負っています。いいときも悪いときも“いまの感じ”を冷静に自覚することと無我夢中さの両方をもっていなければいけません」


役者の孤独との
つきあいかたとは…


 家庭内劇を舞台で演じることはほぼ初めて。これまでは非現実的な設定や大きな目的をひたすら遂行するというストイックな役が多かった。だからこそ『2人の夫とわたしの事情』の公演が終わったあとはなにごともなかったかのように日常生活に戻れたら成功なのではないかと感じているそうです。日常のテンションのまま作品世界に飛び込んで、そのまま戻ってくる。公演期間中もそんなふうに過ごせることが理想的なのだ、と。
「役者は、自分の身体や心を土台に、あるときは犠牲にしたうえで、他人の人生を生きるのだから、その時間が終われば、また孤独に戻っていく。その繰り返しなのである」
 松さんは著書『松のひとりごと』(朝日文庫)でそんなふうにつづっています。
「映画の撮影の最終日や舞台の千秋楽の日、まだその役でいたいと思ってもいられないんだな……と淋しさを覚えることはあります。『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』のクランクアップの日もそうでした。日が落ちていくころに撮り終えたものですから、足早に『おつかれさまでした!』と撮影現場を後にしたんです。でもその直後に受けたインタビューで『終わりましたね』と言ったら思わず涙がこぼれおちてしまって……。わたしが演じた佐知はもう自分のカラダを必要としていないんだなって。でもありがたいことに、また別の作品がひかえていて新しい“ひと”に出会えるから、淋しさを打ち消していけるんですよね」
 そして役者にはもう一つ孤独がある。
「ひとりではできない仕事ですけれど、最終的に舞台に踏み出すのは自分の勇気。その一瞬はものすごく孤独なんです。でも孤独を感じたり怖いと思うことは、たしかに踏み出すエネルギーになっています。だからわたしにとって、その孤独は役者という仕事の魅力のひとつなんです」
 またひとつ孤独を乗り越える瞬間、そして松さんに新しい春がおとずれる瞬間はもうそこまで来ているようでした。