ここから本文エリア

小田嶋 隆の価格ボム!  2005年1月1日号

イラスト・佐藤竹右衛門

小田嶋隆 PROFILE
1956年、東京・赤羽生まれ。早大卒。「噂の真相」の連載コラムを集めた最新刊『かくかく私価時価――無資本主義商品論1997-2003』(ビー・エヌ・ピー新社)好評発売中。

第7回

510億1000万円

ドラゴンクエストVIIIの経済効果

 ドラクエVIIIには、510億1000万円の経済効果があるんだそうだ。
 ふむ、なるほど……と、一瞬納得しそうになったのだが、ちょっと待ってくれ。この数字にオレの出費が入っているのなら、ぜひその分は差し引いてくれないと困る。だって実際の話、私は、ドラクエVIII購入資金(8080円)を捻出するために、この半月ほどかなり露骨な緊縮財政をしいているからだ。 ということはつまり、私に限って言えば、年末恒例のゲームソフト購入分の出費増は、昼飯のグレードダウンや書籍購入費の供給停止といった各種の緊急措置によって相殺されているのであって、家計に占めるトータルの支出はまったく変わっていないのである。
 にもかかわらず、記事の結語は「博報堂DYメディアパートナーズでは、ソフト販売以外にも攻略本やゲーム中の飲食などで、510億1000万円の経済効果があると試算している」てなことに……って、おい、この端数の1000万円という数字は、こりゃ何だ?
 まさか、1000万円の単位までは有効数字だ、とか、そういう主張を展開するつもりで付けた端数なのか、このたわけた数字は?
 つまり、博報堂は、
「まあ、数百万円内外の誤差はあるかもしれませんが、510億円というおおもとの数字は動かしようのない確かな試算なのですよ」だのと、そういう駄法螺を吹く所存なのだな?
 冗談じゃない。
 こんな数字は、各分野のどんぶり勘定を積算した多重どんぶり試算に過ぎない。精一杯がんばって「およそ500億円」ぐらいまでの言い方ならなんとかアナウンス可能かもしれないが、それだって、信憑性では、気象予報士のみなさんが照れながら発表している降水確率の数字にさえまったく及ばない。しょせんは獲らぬ狸の可愛い子には旅芸人の記録、っていうか、わけのわからない与太話です。
 私は前々から、この「経済効果」というお話に疑問を抱いていた。
 毎年夏になると、「猛暑の経済効果」がどうしたという話がもっともらしく語られ、秋になると野球チームの優勝の経済効果がまことしやかに喧伝される。
 埋め草記事にしてもあんまりだと思う。
 そりゃ確かに、夏が暑いとビールが売れるのだろう。そこまではわかる。
 しかし、ビールが売れるから酒屋さんが儲かって、酒屋さんおよび飲食店関係者の収入増が彼らの支出を押し上げて、その支出がまた……という感じの積算は、「風が吹けば桶屋が儲かる」式の典型的などんぶり予測だぞ。
 だって、親掛かりのパラサイトシングルならいざ知らず、ふつうの家庭では、ビールの出費が増えれば、その分、別の出費が減ってるんですよ。ビールとアイスクリームとエアコン購入費の支出増がそのまま家計の出費増に直結している家庭は、よほど豊かなのか、でなければ、ただの阿呆です。
 ドラクエVIIIについて、なんとかアオリ気味の数字を出したいシンクタンクのお兄さんたちは「ゲーム中の飲食」(←ポテチだぞ)まで積算している。おそらく、彼らはRPGにハマっている人間がいかにカネを使わないかという事実から、意図的に目をそらしている。
 私の知っているある青年は、大学を出てからこっち、月の前半分は飲んで歩いて、残りの半分をゲーム三昧で暮らすという生き方を続行している。つまり月末に給料が入るやいきなりその夜から夜の街に繰り出して飲んだくれる。で、金がなくなると、一転、自宅に引きこもってゲームに没頭するという明け暮れが彼の人生であるわけなのだが、その彼の生き方が日本の将来に有用であるかどうかについては、ここでは深く問わない。問題は、彼にとって、ゲームが節約のネタになっているという、そのことだ。
 そう。彼に限らず、ゲームにハマっている若者たちは、修道僧のように禁欲的なのである。ゲームにハマっている限りにおいて、彼は、外出せず、仕事をせず、本も読まず、恋もしない。ヘタをすると、彼は現実世界に帰ってこない。で、ニートになって静かに年をとる。
 こんなもののどこに経済効果があるというのだ?
 ん? 彼の将来が心配?
 大丈夫。
 昔のオレだから(笑)。