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小田嶋 隆の価格ボム!  2005年2月1日号

イラスト・佐藤竹右衛門

小田嶋隆 PROFILE
1956年、東京・赤羽生まれ。早大卒。「噂の真相」の連載コラムを集めた最新刊『かくかく私価時価――無資本主義商品論1997-2003』(ビー・エヌ・ピー新社)好評発売中。

第8回

1480万円

東京都の高校生ら5人が 振り込め詐欺でだまし取った金額

 いつだったか当欄で取り上げた「おれおれ詐欺」は、最近になって名称が変更されたようだ。
 理由は、昨今の「おれおれ詐欺」が、「オレ」だとか、「アタシ」だとかいった安易な一人称代名詞に乗っかった、お気楽な詐欺ではなくなっているからだ。
「あ、母さん? オレ、オレだよ」
 なんて言ってくるのは、詐欺師としては、かなり程度の低い(っていうか、ずさんな)連中だ。最先端の手口はより巧妙化している。息子の本名を事前調査しているのはもちろん、場合によっては友人、恋人や教師の名前まで調べあげてある。名乗った後の展開も、弁護士が出てきたり、ニセ警官が示談をすすめたり、果てはヤクザの先生方までが登場する一大スペクタクル詐欺絵巻が展開されるという。
 で、「おれおれ詐欺」という名称は、かえって犯罪を矮小化していてよろしくない、という話になってきたわけだ。
 といって、「劇団詐欺」「シナリオ恐喝」といったあたりの呼び名は、手口を説明しているようでいて、被害の本質から微妙に焦点がズレている。
 で、いろいろ考えたあげくに、「振り込め詐欺」という名称が浮上して、いつしか警察、各メディアともに、横並びでこの呼称を使用することになっている。
 なるほど、「振り込め詐欺」は、手口の本質を過不足なく言い当てている。口上やプロセスがどうであれ、犯人の最終的な目的が銀行口座にカネを振り込ませる点にあることは不変だからだ。
 そういう意味で、報道に携わる人々や、警察、司法の専門家が「おれおれ詐欺」を不正確な表現とし、「振り込め詐欺」が的確と考えた、その気持ちはわかる。
 しかし、その一方で、私の愚かな耳は「振り込め詐欺」を受け付けない。このいかにも語呂の悪い官製言語は、意味的には正確であっても、音としてあまりに座りが悪い。ですよね?
「おれおれ詐欺」には高い認知度があった。この素晴らしくインパクトのある呼び名は、多少意味的なブレはあったとしても、私ども無知な庶民の移ろいやすい記憶のど真ん中にしっかり根をおろしていた。
 とすれば、せっかく根付いた名前を変えるのは惜しい。
 振り込め詐欺だなんて、そんなマルコメ味噌みたいな暢気なものに警戒心を抱けといっても、あたしにはできません。2週間もすれば言葉ごと忘れることでしょう。さようなら。
 思うに、警察は、詐欺被害者が、経済に無知だからひっかかったというふうに考えている。つまり詐欺師の方が被害者よりアタマが良いという、牢固たる信念が、彼らの内にはあるのだ。だからこそ、彼らは、手口の本質を正確に反映した名称にこだわった。
 が、実際には、被害者は、無知ゆえに金を振り込んだのでもなければ、無教養の報いでひっかかったのでもない。
 むしろ彼らは、マトモな人間だった。だからこそ、家族の危機に反応した。事の本質はそういうことだ。
 結局、被害者と加害者の間にあったのは、知識の差ではない。むしろ両者の間にあったのは経済というものに対するスタンスの差であり、家族や世間についての距離のとり方の違いだったはずだ。
 つい先日、振り込め詐欺を繰り返して総額約1480万円をだましとっていた高校生グループが逮捕されたが、このことは、この詐欺を成功させるうえで必要な経済ないしは法律関連の知識が、高校生にも十分習得可能な範囲のものだったということを示している。むしろ必要なのは他人をだますことに対するためらいのなさ、つまり、社会人としての常識の欠如だった。
 面白いのは、彼らの言い草だ。
《主犯格の少年(19)は「田舎のお年寄りが金をため込んで使わないからバブルがはじけた。だまし取って使えば景気は良くなる」などと供述しているという》 なるほど、バブル期に子供時代を過ごした人間ならではの、極めてバブリーな景況感である。
 実際のカネの使いっぷりもなんだかバーチャルですごいぞ。
《少年らはだまし取った金で、都内の高級ホテルに何度も宿泊。1人分が6万円もする高級フランス料理や、4万円の焼き肉料理を全員で注文するなどして豪遊していた》
 バブルの被害者だな。まさに。