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小田嶋 隆の価格ボム!  2005年4月1日号

イラスト・佐藤竹右衛門

小田嶋隆 PROFILE
1956年、東京・赤羽生まれ。早大卒。「噂の真相」の連載コラムを集めた最新刊『かくかく私価時価――無資本主義商品論1997-2003』(ビー・エヌ・ピー新社)好評発売中。

第12回

22万6000円

「サザエさん」を放映しているフジテレビの株価
(フジテレビを割当先とするニッポン放送の新株予約権発行を差し止める仮処分をライブドアが申請した翌日の東証で)

 サザエさんの視聴率が上がると、株式市場が低迷する―ってウソに決まってるじゃないか、こんなデータ。っていうか、経済だとか医学の専門家という人たちは、こういう怪しげな統計データでオレらを混乱させて、それでもって自分たちの分野の専門性を防衛しているのだよ。
 とはいえ、ネタ元の大和総研が提供しているグラフを見てみると、なるほど、2つのデータは、びっくりするほどよく一致している。「サザエさん」のこの2年間の視聴率と、TOPIXの移動平均の推移を示すグラフを重ね合わせてみると、あらあら不思議、2つの折れ線は上昇下降のタイミングといい、その幅といい、まるで2匹の仲の良いヘビの夫婦みたいに並行している。ってことは、両者にはやはり因果関係があるんだろうか?
 ないよ。ないったらない。
 相関関係と因果関係は別だ。
 風が吹けば桶屋が儲かるというほどの関係さえありゃしない。
「相関関係を因果関係に見せかけるためにはどうしたら良いのか」
 というふうに考えてみるとよい。
 たとえば、日本とフランスというふたつの国をサンプルにしてみる。
 と、ふたつの国には当然のことながら、異なった点がいくつもある。
 たとえば、フランス人は日本人に比べてずっとたくさんのワインを飲む。さらに、チーズの摂取量も多く、婚外交渉の頻度も高い。
 一方、日本人は、より多くの緑茶を飲み、より頻繁におじぎをし、フランス人に比べてずっとサッカーが下手だ。
 で、こうしたデータをグラフにして並べてみると、すべてに強い相関関係が介在していることが判明する。当然だ。だって、2つのグループの人々は、2つの別々の文化に属する別々の人種で、まったく違った言葉をしゃべる、ほぼ没交渉な人々であるからだ。とすれば、フランスのデータはフランス的な特徴を示し、日本人に関する統計値には、より日本人らしい個性を発揮する。
 うん。当然だ。
 フランス人は、フランス人だからフランス映画を好み、日本人は日本人であるがゆえに畳の部屋で過ごす時間を多く持つ。それだけの話だ。
 では、フランス人と日本人の間にある個々の相関データは、個別の因果関係を含んでいるのだろうか?
 たとえば、チーズをたくさん食べると、サッカーがうまくなるのだろうか?
 あるいは、おじぎの多い生活を続けているとバックパスが増えて、赤ワインは事実婚を促進し、入浴頻度の低下はアルコール依存症患者を増加させ、畳の生活は役人の弁解技術を洗練させる効果があるのだろうか。
 違う。
 フランス人はフランス人だから赤ワインを多く飲み、一方、フランス人だからカトリック教会に通う。それだけのことだ。赤ワインと宗教には、相関関係はあっても因果関係は無い。赤ワインの成分の中にカトリシズム促進物質が含まれているわけではない。
 つい先日も、コーヒーの摂取量と肝臓ガンの死亡率に強い負の相関があるというデータが発表されて話題になった。
 どうなのだろう?
 コーヒーを飲むと、肝臓ガンの発生を防ぐことができるんだろうか?
 おそらく、真相は、一部の専門家が指摘している通り、
「そもそも肝臓に問題のある人は、そんなにたくさんコーヒーを飲めない」
 といったあたりにある。
 話をはっきりさせるために、より極端なデータを例に考えてみよう。
 問題:「ヘロイン中毒者の肺ガン発生率は、一般人よりずっと低い」というデータをどう読むか。
 解答A:「ヘロインは肺ガンリスクを減らす」
 解答B:「ジャンキーはガン年齢に達する以前に中毒死する」
 正解はどっちだろう。
 A? とすると、「溺死者はガンにならない」→「ガンで死ぬのがイヤなら、今すぐ手近な川に飛び込め」ということになるが、それでいいのか?
 ま、ある意味正解だけど(笑)。
 あたしはガンを選びます。