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小田嶋 隆の価格ボム! 2005年6月1日号
イラスト・佐藤竹右衛門
小田嶋隆 PROFILE
1956年、東京・赤羽生まれ。早大卒。「噂の真相」の連載コラムを集めた最新刊『かくかく私価時価――無資本主義商品論1997-2003』(ビー・エヌ・ピー新社)好評発売中。
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第16回
52万9712円
禁煙で浮いたたばこ代
(「禁煙マラソンカウンター」による)
禁煙時間 2年10月24日10時間27分
吸わなかった煙草 42377本
延びた寿命 161日20時間33分
禁煙中の人間は、なぜか、ほぼ100パーセント、イヤミったらしい説教野郎になる。気の弱い人たちの禁煙が成功しない理由のひとつは、おそらくここにある。彼らは、自分がイヤミな人間になることに耐えられない……ん? ってことはつまり、愛煙家は、たばこくささの方が説教くささよりマシだと考えるのだろうか?
その通り。喫煙者の心の中には、いつまでもたばこを吸い始めたティーンエイジャーの頃の反抗心が燻製保存されていて、その彼らの哀れな反抗心は、正論や説教といったタイプの議論を、何よりも深く憎んでいる。しかも、おどろくべきことに、習慣的な喫煙者の自己認識の中では、彼らは、他人に説教を垂れるタイプの独善家とは正反対の、上品で控えめな人間ということになっている。あるいは、喫煙癖というのは、儀式化したナルシシズムなのかもしれない。
というわけで、以下、この原稿は、禁煙した男から禁煙前の自分への書簡という形で書いてみることにする。どっちみちイヤミに聞こえるのなら、説教はなるべく直接的な方が良かろうと思うからだ。
拝啓。まだたばこを吸っているようだね。いや、警戒しないでくれ。いまさらたばこの害についてぐだぐだ言おうとは思わない。いつだったか君が言っていた通り、禁煙の副作用に比べれば、たばこの害なんて何でもないのかもしれないわけだし、死ぬことよりは生きていることの方が健康には良くないんだろうから。
ただ、2008年からたばこカードというものが導入されるという話を聞いたので、老婆心ながらこうして手紙を書いている次第だ。そう。老婆心。禁煙中の人間は年老いた女性に似た心的状態に陥る、と、そういうふうにでも考えてくれ。好きにしやがれ、だ。
新聞記事によると、たばこカードは、運転免許証やパスポートなど、生年月日が確認できる身分証明書のコピーと本人の写真を添えて東京都内に設ける運営センターに申し込めば、一人につき何回でも無料で発行されるらしい。
つまり、アレだ。利権だよ。今後3年ばかりの間に、全国に62万台あると言われているたばこ自販機を、すべてICカード仕様のものに入れ替えることも含めて、この事業にはとんでもない金額のカネが動くということだ。
費用は誰が負担するんだろう?
税金? とんでもない。非喫煙者は、1円だって出さないよ。
結論を述べれば、資金的な負担は、一手にたばこ業界が担うことになる。カード発行の費用も、再発行の費用も、認証の費用も、すべて、だ。
が、考えてみてくれ。たばこ業界というのは、あれは君らの肺の中に棲んでいる寄生虫みたいなものじゃないのか? 寄生虫ではないにしても、いずれにしても、君らが小遣いをやって養っている存在ではあるはずだ。ということは、このたびの事業は、居候のオゴりで家を改築するみたいな話なわけで、とすれば、キミらにとっては、売人に新しいネクタイを買ってやってるのと変わらないんじゃないのか?
しかも、たばこカードには、喫煙者の個人情報がモロに記録されている。と、おそらく、この喫煙者情報は、保険や医療の世界に横流しされて、いやな感じの利用のされ方をするに違いない、と、そうは思わないか?
たとえば、病院の待合室で、なぜか自分だけ順番がトバされているような気がするとか、保険の料率に不透明な係数がかけられている、とか。
悪いことは言わない。ちょうど良い機会だ。禁煙しろよ。いきなりの禁煙が無理なら、たとえば、たばこを1箱買うたびごとに、必ず1枚たばこカードを作るというのはどうだ?
そうやってちょっとずつハードルを高くしていけば、たばこの本数は多少なりとも減る。
ん? 無料のカードを毎日作らされる業界の身にもなってみろって?
大丈夫だよ。
彼らにとってみれば、たばこを作るのもカードを作るのも同じことで、いずれにしても、請求書の送り先ははっきりしている。
自分で狼煙をあげてるわけだし。
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