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小田嶋 隆の価格ボム! 2005年7月15日号
イラスト・佐藤竹右衛門
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第19回
5万~7万円
平井堅が盗まれた
ノートパソコンの価格
まず、記事を読もう。
「歌手平井堅(33)の東京都目黒区三田の自宅が空き巣被害に遭い、ノート型パソコンを盗まれていたことが17日、分かった。13日午前2時半ごろ、帰宅した平井がパソコン(5万~7万円相当)がなくなっているのに気付き、110番した。警視庁目黒署は同日深夜、平井から事情を聴き、窃盗容疑で捜査している。」(日刊スポーツ 2005年5月18日付)
何か妙だ。
1. パソコンの値段を「5万~7万円相当」とした根拠はどこにあるんだ? これがマジに買値なんだとすると、バッタ物か? 年収何億のスターの持ち物としてはあまりにセコすぎるぞ。
2. 損保とかで査定する場合の時価だろうか? にしても、値付けがシブい。
3. 仮にもセレブの愛用グッズだ。ヤフオクに出せば100万円は付くぞ。
4. というよりも、盗まれた被害者の逸失利益ということを考えれば、値段はもっと天文学的なところにいくかもしれない。だって、こういう人のプライバシーは激しく高価なわけだから。
そういえば、ずっと昔、とある小説家がエッセーで、こんなことを書いていた。以下、うろ覚えの記憶だと、だいたいこんな話だった。
覚せい剤や麻薬の取引で暴力団員が逮捕された場合、押収がいつの段階でも、ブツの値段は必ずや末端価格で評価される。しかも、その末端価格は、《どこの悪党がこんな値段で売るんだ?》という、アコギな値付けになっている。
要するに警察のだんな方は、自分の手柄を少しでもデカくしたいのだ。
なるほど。
たとえば、船上取引に手入れがはいって、漁船の船底から「数十キロの粗製ヘロイン」が見つかったとする。この場合、密輸犯が受け取るはずだった報酬は、実は百数十万円にすぎない。が、警察はそのヘロインが「天使もよだれを垂らす極上モノ」で、「最高の客筋」に、「残らず売れる」という想定で値段をつける。と、新聞には、「末端価格で20億円相当のヘロインが……」という記事が載ることになる。おい。これじゃ密輸なんてやってられないぞ。まあ、やってられない方がいいんだろうけれども。
いずれにしても、問題は、警察の犯罪被害評価における、査定方法のダブルスタンダードだ。
そう。彼らは、自分たちが押収した麻薬を最高額で評価しつつ、盗まれたパソコンの価格については、「アキバの中古屋に持ち込んだ場合の売値」みたいな、およそ夢のない方法で査定している。
結局、「既に確定したお手柄」である「押収麻薬の値段」は、思いっきり高く見積もる一方で、「捕まえられるかどうかわからない」ブツの値段には、冷淡だ、と、そういうことなのだな。
いや、というよりも、ありていに言えば、警察権力(および社会部の記者)は、パソコン関連の犯罪被害に冷たいのだ。特に、「プライバシー」「個人情報」「データ」といったデジタルな盗難品については、極力、安く見積もろうとしている感じがある。
その理由は、基本的には、デジタルな被害が、カタチを持たず、評価しにくいからなのだろう。が、それ以上に「《被害者の人権》というやっかいな泥沼を含むデータ領域にはなるべく踏み込みたくない」とする現場の気後れみたいなものが感じられる。
ついでに言えば、おまわりさんは、パソコンユーザーを犯罪者予備軍みたいに考えている。なぜかって?
権力者にとって、理解できない人種は犯罪者と一緒だからだよ。
つい先日、こんな話題が出た。
「本当の友達って、具体的にはハードディスクのデリート処理を頼めるヤツだと思うんだけど、どうだ?」
ん? どういうことだ?
「たとえば、ある日、おまえが交通事故で急死したとする。その場合パソコンのハードディスクのデータで、心配なモノはないか? ほら、家族には絶対見られたくない種類の画像データ、とか」
……うん……ある、な。
とすると、ノートパソコン盗難の被害総額は、これは、カネなんかじゃ到底換算できない。
よろしい。他人が触った瞬間に自爆する機能を開発しよう。
それから、殉死パソコン。
必須だな。(笑)
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