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小田嶋 隆の価格ボム! 2005年8月1日号
イラスト・佐藤竹右衛門
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第20回
2億6000万ドル
マイケル・ジャクソンの
負債推定額(の一説)
マイケル・ジャクソン関連のニュースを伝える時、スタジオには、一種微妙な空気が漂う。
コメンテーターは、キャスターのフリを適当にまぜっかえして次のニュースに逃げようとする。
なぜかって?
うっかり脊髄反射の本音を吐露すると、差別問題が浮上するからだよ。
そう、マイケルネタは、ヤバい。人種偏見、幼児虐待、名誉棄損、音楽著作権……スーパースターの周辺には物騒なネタがとぐろを巻いている。
「黒か白か」
という、マイケル自身の1991年のヒット曲(「Black or White」)をもじった見出しは、このたびの裁判の帰趨を報じるニュースのヘッドラインとしてあらゆるメディアで多用されていたが、意味するところは、必ずしも判決の行方だけではなかった。
見出しが暗示していたのは、
「おい、マイケルの肌の色は、あれは天然なのか?」
という、素朴な疑問だ。
これについては、諸説がある。
というよりも、マイケルについてはあらゆる側面に必ずや諸説が入り乱れているわけで、逆に言えば、彼の周辺には確定している事実はひとつもないのだ。マイケルの肌の白さに関しては、病気説、漂白剤飲用説、ハイドロキノン入浴説、整形手術説……といった、いくつかのトンデモな原因が取りざたされているが、確かなのは、マイケルの肌が、ある時期から、どんどん白くなってきているという事実のみだ。
白人化? だろうか。
微妙な問題だ。
「貧乏だったころ、オレは黒人だった」
と言ったのは、モハメド・アリなき後のボクシング世界ヘビー級王座を7年間にわたって守り通した頭脳派のボクサー、ラリー・ホームズだった。
「ん? じゃあ、カネがあると肌が白くなるのか?」
そういう問題ではない。
カネを持った黒人は、黒人みたいに扱われなくなる、ということだ。
もう少し実態に即した言い方をすると、ラリー・ホームズが貧しい少年時代を過ごした1960年代のアメリカは、人種偏見が強固に残存していた時代で、当時の貧乏な黒人は、それはそれはひどい扱いを受けていた、と、そういうことだ。
ホームズは、ボクシングで稼ぐことによって、黒人の境遇から脱出した。
が、チャンプも、スターも、カネを失えば黒人に逆戻りする。ホームズ以前も以後も、現役時代のファイトマネーを持ちこたえることのできた王者はむしろ少数派だった。
6月11日の復帰戦でTKO負けを喫したかつてのスーパースター、マイク・タイソンが抱える負債は、現時点で約4000万ドル(約44億円)。ちなみに生涯で稼いだファイトマネーは約3億ドル(約330億円)と言われている。
哀れな話だ。
マイケル・ジャクソンにまつわる数字は、さらにひとけたデカい。
6月15日付の日刊スポーツによると、マイケルの負債総額は現時点で、2億6000万ドル(約286億円)。別のソースでは400億円。もっとデカい金額を出してくるところもある。
ネバーランド(←カリフォルニア州サンタバーバラ郊外にあるマイケルの自宅の俗称)の評価額についても、諸説があって、共同電は、5月23日付の英デーリー・エクスプレス紙の記事として、マイケルがネバーランドを1950万ポンド(約38億5000万円)で既に売却した旨を伝えている。
本当なのかどうかはわからない。
破産説についても、「既に破産した」「破産の手続きに入った」「破産寸前だ」「破産確定」というニュースが、これまでに何十回となく流れている。
これらについても、真偽は不明だ。おそらく、真実は、本当とウソの境界領域のうちにある。つまり、ウソみたいな事実ともっともらしいウソが混在する中に、うさんくさい真実が埋もれている、と。
つまり、アレだ。マイケルがもう一度黒人に戻れば、すべては解決する……わけではないんだろうけど、個人的な見解を述べるなら、マイケルのピークは彼がまだ黒かったころだと思う。
「オフ・ザ・ウォール」は、本当にカッコ良かった。
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