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小田嶋 隆の価格ボム! 2005年8月15日号
イラスト・佐藤竹右衛門
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第21回
300億~400億バーツ(約800億~1100億円)
スマトラ沖地震での タイの観光減収見込み(注)
「去年12月26日のスマトラ島沖大地震とインド洋津波から半年たって、タイ南部の観光地プーケットには徐々に観光客が戻りつつある。しかし夏の本格的なリゾートシーズンを前に、中国や韓国、日本などアジアからの客足は鈍い。AP通信は、幽霊を怖がるアジア人の心理が、原因のひとつだと伝えている」(CNN.co.jp 2005年6月27日付)
ん? ということは、非アジアの人々は、幽霊が怖くないのか?
何千という人々が波にのまれて、その遺体の多くがいまだに行方不明のまま漂っているというのに、それを怖がる感覚がアジア限定だと?
……そうかもしれない。きっと、欧米やアフリカンの人々は、行方不明の死体なぞ問題にしないのだろう。
そういえば、大英博物館の展示の中で、向こうの子供たちに一番人気があるのは、断然、ミイラであるらしい。
子供の遠足がミイラ見物、ってか? 豪気な話じゃねえか。
聞いた話では、ロンドン観光におけるスリの多発ポイントは大英博物館で、その中でも、ミイラ前がメッカらしい。
つまり、それほど、あっちの人たちは、ミイラに夢中なわけで、それゆえ、大英博物館には、世界中から集められたミイラが累々と並べられている、と。
どうしてひとんちの国の墓をあばいて、わざわざそこに埋葬されていたミイラ(←って、死体だぜ)を持って帰って博物館に展示したりするのか、そこのところの感覚が、まず、われわれの想像を絶している。
もしかしたら、「きちんと弔われなかった遺体が、成仏できずに幽霊になる」というものの考え方自体が、アジア人に特有なセンス(というよりも、東アジア限定の臆病)で、国際標準からすると、おかしいのは、むしろこっちの方なのかもしれない。
幽霊を怖がるという感覚も、だからおそらく、アジア限定なのだ。
じっさい、西洋の幽霊は、なんというのか、不まじめだ。
少なくとも、大の大人がまじめに怖がるべき対象ではない。
「キャスパー」という幽霊キャラのアニメがあったが、あれなども、「幽霊」というよりは、受信状態が悪い時にテレビの画面に現れる「ゴースト」に近い存在だ。
念のために申せば、「ゴースト」と「幽霊」は、便宜上、一対一対応の訳語ということになっているが、概念としては、まるで別のものだ。
ゴーストには、恨みを含んで死んだとか、成仏できない悲しい事情があったとか、そういう南無阿弥陀仏な来歴がない。うっかり肉体と別れ別れになっただけで、しかも、本人はそのことをたいして気に病んでいない。
だから、怖くない。
西洋人にとってのホラーは、ゾンビとか狼男みたいな変身キャラ、ないしはリアルな殺人鬼だ。アジアの幽霊とは別物。ずっとフィジカルでマッチョな怪物だ。たとえば、数万の遺体を食って巨大化した凶悪ダイオウイカとかが出現すると、彼らも怖がってくれるだろうか。出てほしいな。
そういえば、ずっと昔、友人宅にホームステイしていたドイツ人と、半端な英語で議論をしたことがあった。
「タカーシよ。汝は神や創造主などの存在を信じる者でアルか?」
「ノー。見ないモノは信じない。仮に造物主がいるのだとしても、当方に挨拶をしに来ないヤツを認めるわけにはいかないのである。ワレは狂信的な無神論者ナリ。えっへん」
「幽霊や霊魂の存在は信じるか」
「イエスにしてノー」
「ん? どういう意味だ?」
「霊魂は信じない。幽霊はコワい」
「タカーシ。それはおかしいぞ」
「そうか?」
「霊魂の存在を信じないのなら、幽霊は存在しない。存在しないものを怖がるのは矛盾だ」
「恐怖は、理屈どおりのものではない」
「何を言っている。恐怖ほどロジカルなものはない」
話は、最後までかみ合わなかった。
東と西は二度と逢うまじ。
ところで、この夏にシンガポールに行くのだが、ちょっとコワイので、海には入らないつもりでいる。
魚もなるべく食べない。
何食べてるかわからないし。(笑)
(注)数字は朝日新聞(2005年1月22日付)による。
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