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小田嶋 隆の価格ボム!  2005年11月15日号

イラスト・佐藤竹右衛門

小田嶋隆 PROFILE
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第26回

1万8000円

ボールパイソン(注)

 ペットの脱走が続発している。
 この1カ月だけでも、ボールパイソン、ビルマニシキヘビ、サソリ、イグアナ、オオサンショウウオといったあたりの名前が新聞記事になっている。
 で、生き物の映像が紹介されるたびに、スタジオに呼ばれたお笑い芸人だとかが、必要以上にデカいリアクションでびっくりしてみせるわけだ。  「うわぁああ、ちょ、ま……っこれ」
 まったく。
 バラエティーと言いながら、ディレクターの狙いは「多様性」の排除にある。すなわち、「笑い」という最も多様であってしかるべき感覚を画一化せんとする思惑が、テレビ画面の中で進行しているのである……って、考えすぎだろうか。
 いや、そうでもないぞ。
 たとえば、スタジオに犬猫が出てきた時の反応(←「かっわいぃぃいー」の大合唱)と、水槽入りのヘビが運ばれてきた時のリアクション(←「えええええ?」)の違いは、あれは、ディレクターによる演出だと思う。
 報道番組でも、事情は変わらない。
 資料映像にカブせられるBGMは「ジョーズのテーマ」か「ゴジラのテーマ」。でなければ「ジュラシック・パーク」あたりで使われるドドドド系の効果音。でもって、キモオタ風の専門家による断片的解説を挿入した後、なぜか、画面にはフロリダの爬虫類エキスポに行列するタトゥーの兄貴が大映しになっていたりする。
 つまり、アレか? ヘビ→皮革製品→タトゥー→ハードゲイ→大丈夫なのか日本→規制やむなし、ってか? ……うん。考えすぎだよな。撤回。
 でも、たとえば、犬猫の世界では、欧米のペット常識が、「先進国」「目標」「理想」ということになっている。
 「ヨーロッパでは、《ペット》の代わりに、《コンパニオンアニマル》という言葉を使うことが一般的に……」
 「アメリカでは《ペットと共に育つ》ということを育児の基本に……」
 まあ、政治やスポーツにおける欧米崇拝と同じ構造だ。
 一方、同じペット常識でも、カリフォルニアが爬虫類飼育のメッカであるというエピソードは、一種の「退廃」として語られる。持ち込まれたビルマニシキヘビが繁殖して、ワニを丸のみにしていたりするフロリダの事情なんかも、「銃社会アメリカ」「ドラッグ蔓延の光と影」みたいなものと同列の、ネガティブな事実として語られている。
 「アメリカみたいになる前に、何らかの規制を考えないと……」
 式の、例のアレだ。
 で、コメンテーターは、
「こういうモノに関しては、もう少し規制があっても……」という感じのコメントを述べる。
 キャスターは、あえて無言を通すことで画面の向こうで鳥肌を立てているおばちゃんたちに……うん、わかってるってば、考えすぎだよな。
 結論を述べよう。
 私が10年前に買ったグリーンイグアナのベビーは、5000円だったが、今では同じものが2000円で手に入る。ちなみに、20年前は、最低でも2万円というのが常識だった。
 ボールパイソンのベビーも、最近は、2万円を切る値段で市販されている。少年時代からニシキヘビ飼育にあこがれていた私の記憶では、この種類のヘビは10万円以下では買えない、超高級アイテムだったはずなのに、だ。
 こんなことではいけない。
 すみやかに値上げをしよう。
 もちろん、どんな商品も、高いより安い方がいいに決まっている。
 でも、ペットは例外だ。
 というのも、あれは、商品である以前に、ひとつの生命だからだ。とすれば、命ある生き物が、子供の小遣いで買えていいはずがないのである。  たとえば、イグアナやニシキヘビの流通価格を20万円ぐらいに設定すれば、安易に買って安易に捨てるイージーな飼育者を排除できる。売りっぱなしでフォローなしの無責任なペットショップを駆逐することもできる。
 それになにより、爬虫類が高級ペットになれば、爬虫類キーパーの地位が向上する。そうだとも。どうせ世間の連中は、値段の高いものなら何にでもあこがれる、軽薄至極な……という、爬虫類飼育者に特有なひがみっぽさも、ついでに解消できるといいな。(笑)
(注)とあるペットショップでの価格。