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小田嶋 隆の価格ボム!  2005年12月15日号

イラスト・佐藤竹右衛門

小田嶋隆 PROFILE
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第28回

2万6800円

ウォークマンAシリーズ
「NW-A608」

 ウォークマンAシリーズは、2GBメモリータイプの「NW-A608」が、2万6800円(Sony Styleの販売価格)、ということは、ライバルと目されるiPod nanoの2GBタイプ(2万1800円←Apple Store価格)よりも、5000円ほど高い。
 正直な話、理解できない。
 ウォークマンは、iPodを追いかけている立場だ。なのに、売り上げ実績において圧倒的なリードを許している後発の商品が、2カ月遅れで新機種を投入した時点で、ライバル機種より高い。
 しかも、iPod nanoが装備しているカラー液晶画面と比べると、ウォークマンの有機ELディスプレー(3行表示)は、どうしても見劣りがする。
 これでは、勝負にならない。
 デジタル関連の商品において、価格設定は、デザインや仕様設定や広告戦略をすべてひっくるめたよりもさらに重要な意味を持っている。
 とすれば、単純に製造原価に流通経費を加えたみたいな数字を小売価格に設定していいはずがない。メモリー型音楽プレーヤーみたいなホットな商品の値段は、何よりも、同業他社が出している競合商品の価格を検討したうえで決定されなければならない。当たり前の話だ。
 で、その結果が、5000円オーバー。
 これは、どういう意味なんだろうか?
 投げた、ということだろうか。
 つまり、市場占拠率をひっくり返して、ナンバーワンを狙うということは、目標からハズした、と。
 で、どっちみち勝てない勝負なら、価格競争を挑んで損をするのもくだらないから、少ない売り上げでも利益を確保できる値段をつけたということか?
 あるいは、技術者のプライドとして、原価を割るような安売りはできなかったということかもしれない。
 思い返してみれば、ソニーという会社は、伝統的に比較的同業他社の動向に対してクールだった。というのも、価格にしても、仕様にしても、「市場をリードしているのはソニーだ」という自負を持っていたからだ。
 実際、さまざまな分野で、ソニーは市場のリーダーだった。価格や機能で後追いをするのは競合他社の役割で、ソニーは、他社の顔色をうかがうようなまねはせず、独自に、自らの信じるところの値段をつけて商品を世に問うていた。
 それが通用していたうちはいい。というよりも、技術的な優位性と圧倒的なブランド力を持った市場のリーダーなら、そりゃ自前の理屈で値段をつけるのも結構だ。が、MP3プレーヤー市場におけるソニーは、弱小メーカーにすぎない。
 なのに、どうしてスターみたいにふるまうのか、そこが謎だというのだ。
 思うに、ソニーは、ソフトウェアに手を出してからおかしくなった。
 初代ウォークマンを出した頃のソニーは、実に冒険的な会社だった。
 だから、ベータでつまずいても、トリニトロンで孤立しても、ファンは許した。値段が多少高めでも、商品寿命が短いように思えても、それでもソニーの固定ファンは、ソニーだけが出してくる新しい刺激を常に支持したものだった。
 それが、レコード会社を手に入れ、映画会社を傘下におさめるようになると、やることが微妙に保守的になってきた。なんというのか、「著作権」「キャラクター使用権」等々といった、既得権益ないしは利権を守る側の立場にスタンスを移した感じがするのだな。  MP3関連で出遅れたのも、レコードCD産業の脅威になる商品の開発に及び腰だったことが響いている。要するに、ソニーは、ユーザーの利便性や、技術的な挑戦よりも、ソフトウェア資産の防衛に必死だったわけだ。
 ……と言っているところに、ソニーBMGが発売しているアメリカ向けのCCCDが、問題を起こしたというニュースが飛び込んできた。なんでも、コピー対策用にCDに組み込んであるソフト(←PCに強制的にインストールされる)が、ウイルスの隠れ家として利用されていたというのだ。しかも、そのウイルスは、ソニーのコピー対策ソフトが備えている「通常の方法では発見できなくする技術」を利用していて、非常にやっかいな敵に成長する可能性があるという。
 なるほど。ソニーを狂わせたウイルスの名前は、「著作権」だったのだな。