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小田嶋 隆の価格ボム!  2006年2月15日号

イラスト・佐藤竹右衛門

小田嶋隆 PROFILE
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第31回

1台 5万円

石油暖房機の引き取り価格

 「ナショナルから、大切なお知らせとお願いです……」
 という、抑え気味の女性ナレーションからはじまるそのCMは、年末特番の合間を縫って、強力な頻度で送出されていた。
「13年以上前に製造された、古い年式のナショナルFF式石油暖房機を……」
 と続く女性ナレーターの声は、ひたすらに重く、低く、暗い。
 テレビ局のスタッフもアタマが痛かったと思う。だって、あんな調子で流れを中断されたんでは、番組の空気がオシャカだからだ。お笑いバラエティーとかの途中で、あれを流されると、その時点で笑いが凍りつく。ドラマも台無し。
「ふん。お前なんかに、あのCMの本当のおそろしさがわかってたまるかよ」
 ん? どういうことだ?
「だからたとえば、オレみたいな単身赴任の中高年が、たった一人の部屋であのナレーションに直面してるとしたら、そりゃ大変なことだと思わないか?」
 ……うーん。そりゃ、ちょっとツラいかもしれないな。
「鬱だよ鬱。死にたくなるぞ。クリスマス気分なんか根こそぎだ」
 ……まあ、そうかもな。
「だろ? とすれば、松下電器産業は、単身赴任サラリーマンの無聊をなぐさめるべく、一緒にテレビを見る愛人を無料配布すべきだと思わないか?」
 思わないよM田。松下が責任を負うべきは、該当するFF式石油暖房機のユーザーに対してであって、お前の孤独はお前の自己責任だ。当然じゃないか。
「じゃあ、アレか? 真冬に単身者個室寒冷化CMを大量露出した松下の責任はどうなる? 年末の孤独が身にしみる時期に、オレの心に木枯らしを吹かせたのは連中の落ち度じゃないというのか?」
 ってか、お前もオレなんかとムダ話してないで、ヨメさんに電話しろよ。
「お前さあ。13年以上たつと、FF式石油暖房機だって劣化して一酸化炭素出すようになるんだぜ」
 だから何だよ。
「夫婦だって同じだってことだよ」
 ……一緒にいると息苦しくなる、と?
「まあな。こっちの息が詰まるのもアレだけど、時々、クビを絞めたくなる」
 ……M田よ。安全の秘訣は換気と通風だ。あるいは、冷却期間。頑張れ。
 さて、松下のFF式石油暖房機問題は、越年した。私は、年末の脅迫的テレビCM送出をもって対策終了だと判断していたのだが、年が明けて郵便受けを見ると、マンションの各戸にチラシが入っている。
「謹告 大切なお知らせとお願い:1985年から1992年製のナショナル製……」
 おい、まだやる気なのか?
 まるでストーカーだぞ。
 いや、顧客の安全に配慮する姿勢は立派だと思うし、不祥事対応は、しつこいぐらいでちょうどいいのかもしれない。
 不祥事への対応をおろそかにしたことで雪印食品や三菱自動車がどんな目に遭ったのかを思えば、松下の過剰反応も、まあ無理のない話ではあるのだろう。
 でも、修理・回収の対象となっている暖房機は、全部で15万2132台だぞ。
 これを、すべて1台5万円で買い取ると、単純計算で、76億円ちょいになる。
 これだけでもかなりとんでもない出費だが、これに例のテレビCM(制作費はたいしたことないにしても、送出のためのCM枠の費用は莫大な額にのぼったはずだ)の経費が乗っかる。
 で、この度、松下電器産業は「全国すべての世帯と宿泊施設の計約6000万カ所に危険性を知らせるはがきを郵送することを明らかにした」(asahi.com)のだという。
 全国すべての世帯……すごい。あんまりすごすぎて、素直に受け止めることができない。邪推したくなる。
1.松下は、今回の不祥事を「顧客対策PR」の好機として利用している。
2.ハガキ代は郵政公社民営化に向けての補助金。っていうか、一種の政治献金。監督官庁からの圧力によりやむなく捻出。
3.今回の過剰反応は松下社内の深刻な派閥抗争を反映したもの。社内改革派は、現経営陣追い落としの材料にするため、あえて巨大な対策費を支出している。
 いずれにしても大切なのは換気だ。
 木枯らしは木枯らしとして、これで、松下グループの風通しが改善されるのであるのだとすれば、うん、素敵だな。