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小田嶋 隆の価格ボム!  2006年3月1日号

イラスト・佐藤竹右衛門

小田嶋隆 PROFILE
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第32回

74億ドル

ディズニーによるピクサーの買収額

 ピクサーが買収されるらしい。
 ん? 知らない?
 ほら、あの「トイ・ストーリー」や「ファインディング・ニモ」を作ったCGアニメの制作会社ですよ。
 その「Pixar Animation Studios」が、このたび、ディズニーによって買収されることになったのだ。
 面白い組み合わせだと思う。
 ディズニーは、有名な遊園地のオーナー企業だが、それ以前に映画制作会社であり、なによりもまず、「アニメーションの父」だった。
 私が子供だった時分には、テレビの「ディズニー劇場」にウォルト・ディズニーその人が解説役として登場していた。
 いすに座ってドナルドダックのお話を解説するヒゲの老紳士。大ニコニコの笑顔。吹き替えの声優の過剰な作り声―あやしい爺さんだった。
 立派な人だったのかどうかは知らない。たぶん、オタクのハシリだった人だ。ごく初期にはミッキーマウスの声優も担当していたという。あやしい。
 そのディズニーのアニメは、「ペンとインク」で描かれた、手描きのセル画を基本としたものだ。
 一方、ピクサーのアニメーションは、完全なCG(コンピューター・グラフィックス)でできている。
 では、ディズニーが人間的で、ピクサーが機械的なのかというと、必ずしもそうは言えない。
 手描きのアニメが手作りなのは当然だが、CGだって機械が描くわけではない。使う道具とキャンバスが違っているというだけのことで、絵を描くのは、あくまでも人間の手だ。
 むしろ、現実には、より零細な制作集団であるピクサーの方が、より「手作り」に近い形で、アニメーションを作っていると言える。
 だからこそ、ディズニーのアニメ作品が、日本製のアニメに押されて、この10年ほど、ずっとハズレ続きなのに比べて、ピクサー作品はすべてヒットしている、と、そういうわけだ。
 実際、ピクサーのアニメに出てくるキャラクターは、ディズニー製アニメの画面を行ったり来たりしているいかにも優等生な登場人物たち(一夫一婦制を堅持しているライオンとか)と比べて、微妙にひねくれていて、個人的にはそこのところが気に入っている。
 今後、ディズニー配下に入ったピクサーは、その微妙にひねくれた独立独歩の姿勢を維持できるんだろうか?
 具体的に言うと、異国からやってきた入植者に惚れたあげくに、キリスト教の洗礼まで受けたポカホンタスみたいな具合に、早死にしてしまうんじゃないかと、それが心配なのだよ。
 トイ・ストーリーのウッディがミッキーのパシリみたいなことになるんだとしたら、そりゃちょっと憂鬱だし、逆に、CG技術で大量生産されたミッキーマウスがネット上に解き放たれて、大活躍(←どうせキャラクター使用権の啓蒙活動か、でなければ、著作権無断使用の摘発運動)するんだとしたら、それもまたはげしく気のめいる話だ。
 もうひとつ心配なのは、ジョブズだ。
 そう。ピクサーは、あのアップルのスティーブ・ジョブズの会社なのだ。
 ジョブズは、アップルを追われていた時期に、ジョージ・ルーカスフィルムのアニメ部門を買い取って、それにピクサーという名前を付けた張本人であり、50.6%の株を持つ筆頭株主でもある。
 ということは、これは、アップルとディズニーの結婚という、おだやかならぬ話なのだろうか。結婚? いや、不倫、っていうか、レイプかも、だが。
 報道によれば、このM&A(企業買収)によって、ジョブズは、ディズニーの14人の取締役のうちの1人におさまり、最大の個人株主になるのだという。
 この事態を、私はどう解釈すべきなのだろう。「ジョブズがディズニー攻略の糸口をつかんだ」と考えるべきなのだろうか。あるいは逆に、これは「ディズニーがジョブズを取り込んだ」形と見るべきなのだろうか。とすると、アップルのリンゴのマークのかじり跡は、ありゃネズミの歯形だったということか?
 いやだなあ。
 大山鳴動マウス一匹。
 オレのiPodの液晶画面にネズミが出てきたら、ガンダムを出動させて退治したいと思います。