船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.756 [ 週刊朝日2005年10月7日号 ]

小泉圧勝後、ブッシュ政権高官は日本の中韓との関係修復への期待を表明した。「このままでは日米同盟にマイナス」と

 小泉自民党の9・11選挙圧勝後、ホワイトハウスからは“コイズミ賛歌”のリフレーンが聞かれる。

「ブッシュ政権ができて最初にキャンプ・デービッドに招いた一群の盟友たちがいる。ブレア(英国)、コイズミ、ハワード(オーストラリア)、アスナール(スペイン)だ。ブレアもハワードもいったんイラク出兵を決めたら、ぶれなかった。2人とも選挙は堂々と勝った。今度、コイズミがそれを再び証明した。指導力のあるリーダーというのはぶれない。その点、アスナールはマドリード3・11テロ(注1)の後、あっちへこっちへぶれた。結局、その後の選挙で敗退した。ぶれたことが命取りになったのだ」

 あまり説得力がある論理とも思えないが、ブッシュ・サイドとしては、盟友の相次ぐ総選挙での勝利は対テロ戦争をともに「ぶれずに」戦ってきたおかげ、と言いたいところなのだろう。

 勝利後、首相はブッシュ大統領と電話会談を行った。米側は「大統領以下みな、首相に対する畏敬の念に気圧(けお)されながら、首相の話を伺った」(米政府高官)のだそうだ。

 ブッシュ政権は、小泉政権が今後、どのような外交政策を打ち出してくるのかを凝視している。

 日米両政府は、グローバルな米軍再編に合わせる形で日米同盟の使命と役割を見直し、米軍と自衛隊の基地共同使用を進め、日本の米軍基地の縮小・統合も行おうとしている。しかし、あまり進展はない。沖縄の米海兵隊・普天間飛行場の移転問題が壁になっている。

 米側は、その最大の原因は、小泉首相がこの問題に自ら乗り出してこなかったことだと見ている。

 いまや、「小泉首相は誰をも畏怖させるに十分なパワーを手にした。それを基地移転問題の解決のために使ってほしい」(米国防総省幹部)と米国は願っている。

 一方、イラク。

 首相はイラクに駐留している陸上自衛隊の撤退を急ごうとしているのではないか、と米国は見ている。

 米国の場合、撤退を求める圧力はもっと切実である。カトリーナがもたらしたすさまじい被害──復旧対策費として2千億ドルを計上──とブッシュ政権へのすさまじい政治的打撃によって、米軍のイラク駐留はいよいよ出口戦略を考える時期に来ている。それだけに日本の陸上自衛隊引き揚げに、正面から「待った」をかけることはしにくい。

 自衛隊のイラク派兵をできればもう少し続けてほしいというのが米側のホンネであることは間違いないが、「こちらが引こうというときに、同盟国が引こうとするのをやめさせるわけにはいかない」と国務省高官経験者は言った。

「イラクから撤退しても、イラクに新政府が生まれ、国連が何らかの形でイラクのPKO(平和維持活動)かPMO(平和定着活動)に参画するようになった段階で、事務局に人材を派遣するとか工夫の仕方はあるだろう」(同高官経験者)

 もう一つ、米国は日本と北朝鮮との正常化交渉の行方を注視している。

 ここでは核問題の解決を先決させること、そして、6者協議の枠組みと合意体系の中でそれを進めてほしい、という期待を持っている。6者協議はこのほど北京で行われた会合で北朝鮮から核廃棄への合意を取り付けることに成功し、一歩を踏み出した。

 行く手にはハードルがいくつもかかっているが、曲がりなりにも6者協議がプロセスとして根付いてきた。

 そうなると、経済協力も拉致も含めて日朝正常化プロセスも、6者プロセスの一環として位置づけざるをえなくなる。日米協調も6者協議の中での協調、つまりは主催国、中国の“外交磁場”の中での協調という色彩を強めていくことになるのかもしれない。6者体制ができたときの日米政策協調のメカニズムの再構築が必要となっている。

 最後は、小泉首相の靖国神社参拝問題である。

 米国は、この問題は基本的に日本の内政問題であり、日本と近隣諸国の問題であり、双方で歴史問題克服のための知恵を絞ってほしいと期待している。

 ただ、国務省・東アジア担当部局のベテランやOBと食事をともにしながら話をすると、ホンネの部分があらわれる。

「日本の歴史問題には消耗させられる。なぜ、小泉首相はこうまで頑固なのか理解に苦しむ。日本の国益にとってはまったく不必要ではないか」と現役は概して日本に批判的である。OBが引き取って「不必要なだけではない。挑発的(Provoca-tive)だ」と畳みかけた。

 この点について、米政府高官は、「日本が戦前の軍事侵略や植民地化に対して、十分な国民教育をせず、教科書でもそれらを美化するような動きが出ていること自体が、米国にとっては好ましくない動きだ」と述べた後、次のように語った。

「首相の靖国神社参拝に共感を覚える米国人はほとんどいないだろう。神道というのはきわめて特殊で日本的なものなのだ。もし、日本がこれからもこの問題で、アジアの近隣国、とりわけ中国・韓国との関係を悪化させるようなことになれば、米国の戦略上、マイナスが生じかねない」

「なぜなら、そうしたことにこだわり、中韓両国といさかいを続けるような未熟な日本は、米国の戦略的パートナーとして十分に機能するとは思えないからだ。われわれは倫理・道徳の観点から問題にしているのではない。戦略上の観点から懸念しているのだ」

 中国は最近、日本の歴史問題で日本に対して米中共同で圧力をかけようと、米国に働きかけている。

 米国はそれに乗るつもりはない。

「日本の歴史教科書と中国の歴史教科書をともに対象にして検討するのならともかく、日本だけをねらい撃ちにすることにはまったく興味はない」と米政府高官は言った。

 米国がそんな動きに乗れば、日米同盟を根底から揺さぶることになりかねない。日米間を緊張させるための中国のワナなのではないか、と米国は疑っている。

 ワシントンにはネオコン(注2)もいる。中国脅威論を売り物にしている面々も多い。彼らは、日中関係がギクシャクすればするほどいいと思っている。

 しかし、米国の外交支配階層の主流は日本に、中韓両国とこの問題を克服すべく関係修復を強く求めている。

 歴史問題に足をすくわれて、日本がいつまでたっても米国の「成熟した同盟パートナー」になれない場合、中国が日米同盟弱体化と米中二極化体制への誘惑に駆られるだろう──日本はそうしたレアルポリティークの観点からも、歴史問題克服に思い切って乗り出さなければならない。


注1 マドリード中心部の三つの駅で通勤列車が爆発、約200人が死亡。国際テロ組織アルカイダが犯行を認めた。

注2 新保守主義者。