船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.757 [ 週刊朝日2005年10月14日号 ]

総論賛成、各論これからの6者協議合意

 北朝鮮の非核化をめざした6者協議の合意(注1)は、一言で言えば、「総論賛成、各論これから」といったところだ。

 この合意が大きな第一歩であることは間違いない。

 2003年8月に6者協議が始まってから、これが初めて合意された文書である。

 その中で北朝鮮は「すべての核兵器および既存の核計画」の検証可能な放棄を約束した。また、米朝、日朝の国交正常化が6者協議の最終目標の一つとして記された。

「出口」についてのビジョンはいちおう共有できた形である。

「入り口」はどうか。

 ここでは、核放棄前に軽水炉供給を始めよと主張する北朝鮮と、それはすべて核放棄が終わってから「適当な時期に議論する」としか約束しない米国と、距離はまだ相当開いている。

 こういうときは、表口と裏口から別々に入って、どっちが先か後かわからないようにするのが手だが、軽水炉の供与に対しては、それを「議論」するだけでも米国の拒否感は強い。

 仮に「入り口」に入ったとしてもどうやって「出口」まで行くのか、その「道案内」を描かなければならないが、これもまだない。

 なかでも、核放棄の査察・検証をどうやって行うのか。北朝鮮が廃棄することを約束した「すべての核兵器および既存の核計画」の中には濃縮ウラン計画も含まれている、と受け止められている。計画(programs)が複数形になっているのは、この濃縮ウランを含めるためとされる。

 しかし、北朝鮮は濃縮ウラン計画そのものを否定している。濃縮ウラン施設の査察は困難を極めるだろう。「道案内」の地図をつくるのは至難の業である。

 今回の交渉でもっとも熱を帯びたのは、北朝鮮の核の平和利用をめぐってである。北朝鮮は平和利用の権利を主張した。敗戦国でもないのに、なぜ、核の平和利用が認められないのかと詰問する。対して米国は、北朝鮮はNPTから脱退した唯一の国であり、信用できない、そのような国が平和利用と言い張っても誰も信用しない、との立場である。結局は、北朝鮮の平和利用の希望を他国が尊重するという表現で取り繕った。

 北朝鮮は最後の段階で、核廃棄の代償として軽水炉を建設するとの構想を持ち出してきた。

 クリントン政権時代、核を廃棄させるために苦肉の策として打ち出した構想の二番煎じにほかならない。

 なぜ、北朝鮮はそんなまねに出たのか。

 交渉の中で、北朝鮮は、「軽水炉建設を合意内容に入れれば、軍の合意を取り付けやすくなる」といった趣旨を漏らしている。

 この発言は、核については軍が主導権を握っている、つまりは北朝鮮の核開発は軍事用、兵器用であると告白しているに等しく、それだけで問題発言と言える。

 軽水炉供給を核放棄の代償としてせしめた1994年の枠組み合意(注2)は金日成国家主席がカーター元米大統領と大枠で合意した。直後、金日成は死去した。

 軽水炉供給構想は、金日成の“形見”のようなものである。北朝鮮がこの構想にこだわるのは、それも関係しているのだろうか。

 しかしいま解決すべき問題は、「入り口」と「道案内」をめぐってウロウロしている間に、北朝鮮がどんどん核開発を進めていくことだ。つまり、核計画の「凍結」の約束を取り付けていないことである。「凍結」は吹っ飛ばされた形である。

「凍結」を要求すると、その代償として「補償」を要求される。米国はそれを嫌がった。そこで、「放棄」一本にしぼった。「凍結」しようがしまいが、その間にごまかしてプルトニウムをつくろうがどうしようが、それらもすべて「放棄」の対象になるのだから、内実はたいして変わらないという立場を取った(というより取らざるを得なかった)。

 一連の会議で、北朝鮮は、朝鮮半島の非核化を強く主張した。

 北の非核化を進める以上、南の非核化も進めるべきである、というのである。

 韓国の核と米国の韓国に対する核の傘の提供に対してイチャモンをつけようという仕掛けである。

 しかし、韓国は核を持っていないし、米国は15年前に核を韓国から撤去した。

 おそらく、北朝鮮の究極の狙いは、米韓同盟に亀裂を走らせることだろう。米国の核の傘から韓国を解き放つことで、米国の軍事プレゼンスを弱め、最後は米韓同盟を空洞化させてしまおうというねらいである。

 これに対して米政府は、「北朝鮮に対する安全保障の保証は、米韓同盟と日米同盟をいかなる意味でも巻き込むものではないし、核の傘をいささかなりとも殺ぐものではない」(米政府高官)との立場を維持し、ここは譲らなかった。

 もっとも、紙の上の合意が実行に移されるかどうかは、北朝鮮だけでなく他の参加国も約束を守るかどうか、にかかっている。

 とりわけ、米国である。

 今回は、クリス・ヒル米国務次官補の柔軟な姿勢が際だっていた。それだけの裁量の余地をライス国務長官、さらにはブッシュ大統領から与えられていたということだ。前回の6者協議までの頑なさとは際だったコントラストを成した。北朝鮮との交渉にことごとく反対したネオコンたちの妨害もほとんど姿を消した。彼らは、イラクの泥沼化で以前ほどの元気がない。

 それでも彼らは、反撃の機会を執念深くうかがっている。

 ネオコンの論客の一人であるコラムニスト、チャールズ・クラウトハマーは、China's Moment(中国の時)と題するワシントン・ポスト紙のコラムの中で、今回の6者協議での中国の仲介外交の成功と中国の外交大国としての台頭は、日露戦争後の米国の調停外交の成功とその後のアジア太平洋パワーとしての台頭を彷彿とさせると指摘した上で、米国の戦略不在が、中国に漁夫の利をもたらしたと現政権を批判している。

「中国がこれによって北朝鮮を非核化できれば、中国は、アジアで物事を決着させるには北京を通らなければならないことを示すことができるだろう」と記した。

 6者協議は、すべての道は北京に通じる中国超大国化への道でもあると警告を発しているのである。

 たとえ、ブッシュ政権期間中に、米朝が米朝正常化を話し合うところまで漕ぎ着けたとしても、ブッシュ政権が本当に正常化を決断するかどうかは不透明である。人権問題が最後に引っかかる可能性がある。

 この政権にとって人権は中心的なテーマであり、人権の大幅な改善なしに正常化への政治支持は固まりそうもないからである。

 米国は北朝鮮との正常化への戦略的決断を下したかもしれないが、政治的決断はまだ行っていないと見るべきだろう。


注1 米国は北朝鮮を攻撃する意思がないことを確認。北朝鮮は核計画を一切放棄し、核不拡散条約への早期復帰を確約。

注2 北朝鮮の核開発凍結の見返りに、核開発に転用しにくい軽水炉型原発2基を提供。北朝鮮の核開発疑惑発覚で中断。