船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.761 [ 週刊朝日2005年11月11日号 ]

ベストシナリオ症候群のツケが回ったブッシュ政権に、共和党中道派の反乱が始まった

 米国の新聞にこんなマンガが載った。

 カトリーナ、エネルギー価格、イラク戦争、フリスト召喚状、ディレイ起訴、ハリエット・マイヤーズ、フィッツジェラルド調査(注1)……。

 それらの突風を巻き込んだハリケーンがホワイトハウスをのみ込もうとしている。そこから逃げだそうとしているテンガロンハットの男。「マウンテン・バイクに乗ろうっと」と言いながら。

 カトリーナ災害での不手際、ガソリン価格の高騰、イラクの泥沼、フリスト上院院内総務(共和党、テネシー州)の株のインサイダー取引疑惑、ディレイ下院院内総務(共和党、テキサス州)の選挙資金関連法違反起訴、ハリエット・マイヤーズの最高裁判事指名(と撤回)、そして、ホワイトハウスのCIAエージェントの身元暴露リーク事件とホワイトハウス高官起訴(注2)など、ブッシュ政権はボロボロになりつつある。

 そうした惨状を直視せずに、ブッシュはイラク反戦運動が起こり始めたこの夏、「健全な判断をするには健全な生活が必要」とうそぶき、マウンテン・バイキングに出かけたように、再び、現実から逃避しようとしている……。

 そうした風刺を利かせたマンガである。

 これに加えてもう一つ、共和党支持層のど真ん中から竜巻が吹き荒れ、ブッシュ丸を揺さぶり始めた。ブッシュの外交・安全保障政策への批判を中核とする共和党中道派の反乱である。

 その口火を切ったのは、ブレント・スコウクロフトとローレンス・ウィルカーソンの2人である。

 スコウクロフトは、ブッシュの父親(41代大統領)の安全保障問題担当補佐官を務めた。冷戦を終結させ、湾岸戦争を勝利に導く上で重要な役割を果たした。湾岸戦争勝利にもかかわらず、占領はしなかった。冷静かつ沈着な現実主義者であり、かつ同盟国や友好国と提携する国際主義者である。

 そのスコウクロフトがニューヨーカー誌のジェフリー・ゴールドバーグが執筆した特集記事(10月31日付)の中で、ブッシュ政権に対してきわめて厳しい批判を展開した。

 スコウクロフトは、次のように語っている。

「私は平和主義者ではない。力を行使しなければならないときは使わざるを得ないことを心得ている。しかし、そのときはそれだけの理由がなければならない。それから、いつやめるのかを知っていなければならない」

「イラクにどうやって民主主義を根付かせるのか? ネオコンの方法は、侵略せよ、威嚇せよ、圧力をかけよ、そして折伏せよ、だ」

「イラク戦争は対テロ戦争の一環だったはずなのに、今日、イラクはテロリズムの温床となっている」

「この政権の本当に奇妙なところは、チェイニーの存在だ。彼とは30年近い知り合いだし、いまも友人と思っているが、いまのチェイニーは、いったいどうなってしまったのか。彼はネオコンではない。しかし、湾岸戦争でサダム・フセインを始末しなかったのは間違いだったと信じる信者の一員となってしまった」

 ブッシュの父親はスコウクロフトを息子のジョージに会わせ、言うことを聞かせようと試みたが、失敗に終わったとスコウクロフトは明かしている。

 スコウクロフトはまた、彼が大統領補佐官のときスタッフとして採用したコンドリーザ・ライスとのイラクに関して交わした議論の内容を明らかにしている。

「イラクを民主化することが大切なんです」

「イラクを民主化などできませんよ」

「その考えが古いのです。過去50年間、そうやって中東の強権政治を放置してきたのです」

「しかし、過去50年間、平和だったじゃないですか」

 ローレンス・ウィルカーソンは1期目、コリン・パウエル国務長官の主任スタッフを務めた。

 彼は、ニュー・アメリカ財団でのスピーチでブッシュ政権の外交政策を手厳しく批判した。

 ウィルカーソンによれば、1期目のブッシュ政権は「秘密結社のような少人数の徒党」が外交政策を仕切ってしまい、通常の官僚組織を動員した政策決定メカニズムがほとんど機能しなくなってしまった。

 徒党とは、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官の2人を軸とする。

「ライスはこの徒党に圧倒され、圧迫されてしまった」

「かくして、米議会が1947年に国家安全保障法を制定したときの趣旨とはまったく異なるNSC(国家安全保障会議)での政策決定が生まれた」

「2001年から05年の間の政策決定は、従来のNSCのプロセスをすっ飛ばして行われた」

「そのようなことが起こったときは、ベトナム戦争であれ、ウォーターゲートであれ、イラン・コントラ事件(注3)であれ、そしていまのブッシュ政権の壊滅的な外交政策であれ、取り返しのつかない外交の失敗をもたらしてきた」

「少人数で秘密に政策を決めても、実行の段階で亀裂が走り、調整がうまくいかず、非効率になる。官僚制をうまく使うには堅固な指導力が要る。それには異なる意見に耳を傾ける意思と度量がなければならない」

「今日、大統領の支持率は38%でしかない。副大統領はラッシュ・リンボー(注4)とかり集められた軍隊の前でしか話さない。国防長官は、前線が延びきった上に、体をずたずたに切り刻まれた軍隊を采配している」(ロサンゼルス・タイムズ、10月25日)

 ゴールドバーグがブッシュ・パパに、安全保障問題担当補佐官としてのスコウクロフトの優れた点をただしたところ、彼は電子メールで回答を寄越した。

「彼は、ベスト・ケースのシナリオについて考慮するだけでなく、それが実現したとき、どういう意味を持つのか、同時に、実現しなかったときはどういう意味合いを持つのか、をつねにキチンと考えていた」

 ネオコンのベストシナリオ症候群のツケがいよいよ回ってきた。ベストシナリオだけを夢想して夢中になるようなスタッフは即刻、クビにすべきなのだ。

 なかでも危険なのは、その底に潜む心理的、政治的な「挑発」の要素である。

 スコウクロフトもウィルカーソンも元々は軍人である。共和党右派の行きすぎを軍人がたしなめている形だ。50年代初頭吹き荒れたマッカーシズム(注5)に対して最後は軍首脳が「もう十分。いい加減にしろ」と立ちはだかったように、彼らが右翼原理主義者に対し、立ちはだかり始めた。


注1 ホワイトハウス高官がCIA情報員の身元を記者に漏洩した疑惑で、捜査に当たる特別検察官。

注2 ホワイトハウスが主張していた旧フセイン政権時代のイラクによるウラン購入疑惑について、米国のウィルソン元ガボン大使が否定した直後、同大使の妻が米中央情報局の情報員であることをホワイトハウス高官がリークした事件。

注3 米国が、禁じられているイランへの武器売却で捻出した秘密資金をニカラグアの反政府軍事組織につぎ込んだ事件。

注4 保守系政治トークラジオ番組のホスト。

注5 共和党マッカーシー上院議員が進めた「赤狩り」。